twitterでこんな図を見た。
これは、言語化が下手な人のことばの使い方だなと思ったので。
これじゃあ、いろんな概念がこぼれてしまう。
概念>ことばになってしまって、
「うまく言えなかった」という後悔だけが残る。
ことばというのは、
その語が持つ重なりみたいなのがあって、
その単独以上が持つイメージみたいなものがある。
だから、本来ことばは、広がる。
歌詞や俳句はこれを利用する。
その語以上のイメージや意味が膨らむようにつくる。
100の概念を30のことばに落とすのではなくて、
100のことばから300のイメージが膨らむように書くのだ。
というわけで、図に書いてみた。
まず脳内でモヤモヤが起こる。
がいねんがやって来る。
それをことばに書くときに、
がいねん以上にイメージが湧くような、ことばを書くのだ。
もちろん、完全に含まれるように書くのは筆力がいるので、
ことばに含み切れなかった、
あまり肉みたいなやつがあると思う。
それはしょうがなく廃棄する。
(かつて通ってたラーメン屋に、
「端っこチャーシュー麺」という裏メニューがあって、
薄いチャーシューにスライスされなかった、
小さなあまり肉(ブロック状態)だけを入れた麺があったんだよね。
うまかった)
そして、実は廃棄されないのだ。
「書けなかったところを芯にして、
またふくらませていくと、
がいねんがまたやって来る」のだね。
で、これまたこれよりも広がるようなことばで書いていく。
以下ループで、
書くこととはこのようにやっていくのだ。
概念>ことばだと、
廃棄分がめちゃくちゃ多くて、
廃棄してしまったら、
次また概念がたまるまでかなりかかると思う。
これじゃあ、「書き続ける」ということは全然できない。
煮込んだ寸胴を全部捨て、
また一から材料を仕込んで煮込まなくてはならないからだ。
書き続けるとは、
ウナギのタレのようなもので、
いい感じにできたらそれを皿に出して、
余った部分と別の投入した材料を合わせて、
次のタレをつくっていくことに近い。
概念<ことばになっているのが理想なんだよね。
ことばで水増しするわけだ。
水増しというと不正っぽいから、
イメージの入る余地を残しておく、なんて言い方をする。
ミステリアスとはそういうことだ。
「さてどうでしょう」と言っておくと、
相手が勝手に想像する。
能面が表情がないのに感情が伝わるのは、
こっちが勝手に投影するからだ。
パンツは見えそうで見えないとき、
スカートがひらひらしているときが一番想像が膨らむのだ。
(逆に見えたら萎えるのだ)
僕がここで文章を書くとき、
大体ひとつのことを、
色んな角度からまわりまわるように書いている。
大体はタイトルに集約されるんだけど、
概念よりもことばのほうが多いということで、
ことばの隙間から想像が膨らみ、
「じゃあこれはこういうことだろう」
「じゃああれはこういう風にするといいかも」などを、
考えられるようになっていると思う。
ことばには隙間が必ずある。
その隙間にうまく風が吹くように書くから、
概念よりもことばの引き受ける範囲が広くなる。
言語化が下手な人は、
ことばを概念より下位に置いている。
あなたの考えた概念は、
ことばの豊かな世界に比べたら、小さいのだ、
という自覚がない。
ことばの海に、その小さな概念を浮かべて楽しむ、
というだけの余裕がないんだよな。
だからそうやって書かれた文章は面白くないし、
よくわからないんだよね。
たぶん、学校では教えてくれないし、
どんな文章教室でも教えてくれないんじゃないか。
「あなたの脳内を言葉で表現しましょう」
である限り、それは無理だ。
我々の言葉は、脳内をカメラで撮るような道具ではないのだ。
ことばは私たち全人類が考えたことよりも、
たぶん多いと考えた方がいい。
ことばという奔流のほうが、
たかが1人の脳内よりはるかに多いのだ。
岡本太郎は、「誤解の満貫色になれ」なんて言い方をしている。
誤解など当然あってよい。
あなたの真意など正確に伝わらなくてもよい。
だけど、
大意だけはしっかり伝わるように書けばよい。
あとは想像に任せて、
受け止めた人を信用することだ。
文章は法律や契約ではない。
逆に、法律や契約の文章は、すべてをカメラで写そうとしている、
ビビり散らかした文章だ。
相手を信用していないんだ。
だから読んでて全然面白くないし、わくわくしない。
契約書の文章が、一番下手な文章だ。
文章が「ロマンがある」とは、
隙間が多く、想像の余地がとてもあり、
概念以上のふくらみがあるものをいう。
文章はわたがしのように書け。
わたがしの中の空気は、
ただの空気じゃなくて甘い空気だよな。
言語化が下手な人は、ずっとビビってる。
相手を信用していないんだ。
そして、書く量よりもずっと大きなことを考えすぎているから、
ことばが足りないんだ。
言いたいことを減らすことだ。
全部を書こうとせずに、
「ここで書くことはこれだけに限る」
と決めることだ。
2026年02月19日
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