現実はこんなものだから。
シカを撮るの下手すぎ写真。
https://x.com/gutituvo/status/2023995753794883706?s=20
あ、シカだ、撮ろう
→カメラ構えてる間に状況が変わる
→全員ケツ向け写真の完成
では写真のうまい人はどうするか。
このあと、
4頭がこちらを向くまで「待つ」のだ。
偶然最初こっちを向いてた、
偶然次は全員ケツを向けてた、
つまり偶然なら、
次のシャッターチャンスが来るまで待つのが、
プロの仕事だ。
動物写真は99.999%くらいが待つ仕事だ。
偶然条件が揃うまで、
同じポジションで構えて警戒心を解くしかない。
それを待てないのが下手で、
待てるのが上手いというだけ。
つまり、当たるまでパチンコをし続けるのがプロということ。
Twitterに溢れるかわいい動物写真は、
偶然撮れたにすぎず、
下手な写真はアップされないだけの話である。
(生存バイアス)
さて、動物のような、
こちらの意思が伝わらないものではない場合、
どうするか。
その偶然があったかのような芝居をするのである。
これは人為的なものではなく、
ほんとうにあったかのような芝居をして、
それをつないだのが映画だ。
だからよーいスタートという。
カメラはすでにオンポジジョンで待ってるので、
今から偶然のようにしてください、
がよーいスタートだ。
つまり私たちはずっと嘘を付いている。
でも出来上がったものは、
偶然撮れたような、
Twitterのようなリアリティのあるものである必要がある。
芝居をするとは、芝居を見せることではない。
本当だと勘違いされることだ。
それは、私たちの書くストーリーもそうだ。
芝居と頭ではわかっているが、
心ではこんな本当の感情に触れられるとは、
と偶然撮れたとしか思えないものに、
なるべきだ。
動物は待ってれば撮れるかもしれない。
我々は、待ってても思いつかないので、
人為的につくっていく。
でも偶然撮れたようにつくる。
2026年02月24日
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