2026年04月08日

他者がいて初めて違いが発生する

世界に自分しかいなければ、違いを感じることがない。
人は違いがある、と感じるには、他者と出会わなければ分らない。
ボーイミーツガールでも、
悪と出会うでも、
物語というのは、違いと出会うことである。


物語というのは、ただ生きているのを描くのではない。
主人公は必要にかられて行動するのを描く。

その行動に対して、「違い」がある。
味方であれば、考え方ややり方に違いが生まれる。
そこで話し合ったり、修正しあったり、喧嘩したりが生まれるだろう。
違いがあることで、別の見方があることを知ったり、
ゆるせないものがあることを知るかもしれない。
いずれにせよ、違いは、変化を強要してくるわけだ。

敵であれば、違いこそが対立の原因だろう。
その対立を解消することが大目的になっているわけだから、
結局はその違いのギャップを埋めなければならないわけ。

そのためには、相手が変化するか、こちらが変化するか、
双方が変化するしかないわけだ。
そして、相手もこちらも妥協しなければ、
排除するしかないことになるわけだね。
バトルの発生だ。

強力な対立は、強力な違いが原因である。
性格や見た目の違いだけではそこまで強力な対立にはならない。
価値観や目的が対立して、初めて強力な対立になる。

信じるものが真逆であるとか、
大切なものが真逆であるとか、
妥協できないポイントがどうしてもかみ合わないとか、
価値観は同じでも、席が一つしかないから対立するとか。
とくに恨みはないのだが、目的が対立するから敵になるとか。

色んなパターンがあるが、
違うから人は対立するのだ。

同じなら対立はない。
長年連れ添った仲の良い夫婦は対立しないだろう。
あらゆる対立を乗り越えて、まるで同一になってしまった、
すらあるかもしれないね。
双子って喧嘩するのかな。
性格や人生観が同じでも、ちょっとした立場や目的の違いで、
喧嘩することはあると思う。
兄はAと何かあって、弟はBと何かあるだけで、
目的や立場は変わってしまうからね。


物語とは、対立を描き、バトルを描く。
原因は違いである。

つまり、物語の本質とは、
違いを乗り越えること、といってもよい。

お互い変化しあって、仲良くなるのがひとつの答え。
(ラブストーリー、和平)
一方は変化するが、もう一方は変化できなくて敗北するのが、
またひとつの答え。
(たいてい、対決もの)
どちらも変化できないので、お互い滅亡するまで戦うのが、
みっつめの答え。
(バッドエンド)

こんな風に、違いをどう乗り越えるのか、
が物語の本質である。


頑固な人は、物語を書けない。
バッドエンドばかりしか書けないんじゃないだろうか。
柔軟で、変化できる人は、
頑固を書けないから、それもなあなあになってしまう。

頑固かつ柔軟な人が、
強力な物語を書くことが得意かもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 07:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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