世界に自分しかいなければ、違いを感じることがない。
人は違いがある、と感じるには、他者と出会わなければ分らない。
ボーイミーツガールでも、
悪と出会うでも、
物語というのは、違いと出会うことである。
物語というのは、ただ生きているのを描くのではない。
主人公は必要にかられて行動するのを描く。
その行動に対して、「違い」がある。
味方であれば、考え方ややり方に違いが生まれる。
そこで話し合ったり、修正しあったり、喧嘩したりが生まれるだろう。
違いがあることで、別の見方があることを知ったり、
ゆるせないものがあることを知るかもしれない。
いずれにせよ、違いは、変化を強要してくるわけだ。
敵であれば、違いこそが対立の原因だろう。
その対立を解消することが大目的になっているわけだから、
結局はその違いのギャップを埋めなければならないわけ。
そのためには、相手が変化するか、こちらが変化するか、
双方が変化するしかないわけだ。
そして、相手もこちらも妥協しなければ、
排除するしかないことになるわけだね。
バトルの発生だ。
強力な対立は、強力な違いが原因である。
性格や見た目の違いだけではそこまで強力な対立にはならない。
価値観や目的が対立して、初めて強力な対立になる。
信じるものが真逆であるとか、
大切なものが真逆であるとか、
妥協できないポイントがどうしてもかみ合わないとか、
価値観は同じでも、席が一つしかないから対立するとか。
とくに恨みはないのだが、目的が対立するから敵になるとか。
色んなパターンがあるが、
違うから人は対立するのだ。
同じなら対立はない。
長年連れ添った仲の良い夫婦は対立しないだろう。
あらゆる対立を乗り越えて、まるで同一になってしまった、
すらあるかもしれないね。
双子って喧嘩するのかな。
性格や人生観が同じでも、ちょっとした立場や目的の違いで、
喧嘩することはあると思う。
兄はAと何かあって、弟はBと何かあるだけで、
目的や立場は変わってしまうからね。
物語とは、対立を描き、バトルを描く。
原因は違いである。
つまり、物語の本質とは、
違いを乗り越えること、といってもよい。
お互い変化しあって、仲良くなるのがひとつの答え。
(ラブストーリー、和平)
一方は変化するが、もう一方は変化できなくて敗北するのが、
またひとつの答え。
(たいてい、対決もの)
どちらも変化できないので、お互い滅亡するまで戦うのが、
みっつめの答え。
(バッドエンド)
こんな風に、違いをどう乗り越えるのか、
が物語の本質である。
頑固な人は、物語を書けない。
バッドエンドばかりしか書けないんじゃないだろうか。
柔軟で、変化できる人は、
頑固を書けないから、それもなあなあになってしまう。
頑固かつ柔軟な人が、
強力な物語を書くことが得意かもしれない。
2026年04月08日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

