2026年04月10日

あるテーマを考えて、反論を考える

企画のやりかたの一手法。


あるテーマを先に考える。
テーマとは名詞ではなく、テーゼの形をしているべきだ。
つまり、「〇〇〇〇」ではなくて、
「〇〇〇は〇〇〇だ」というような、命題、ないし主張の形をしているべきだ。

たとえば「女は子供を産むべき」でもいい。
これに対して反論を考えよう。
「それは前時代的だし、女の自由を制限している」などのようにだ。
それに再反論しよう。
「女の幸せを知らないなんてもったいない」
「そんなことをしていたから、少子化が進んでしまったのだ。
二人生んでようやく現状維持なのに、三人産まないと日本はしずんでしまう」
などのようなものもあるだろう。
「それはわかるが私の人生ではない」という個人的な反論もできる。

で。
もっといろんな論を続けられるよね。
そして、
「主人公はどの立場か」を決めるんだよ。
「女は自由であるべき、それが個人の人生」というのは、
少し前の時代の主張であって、
そういう女像が流行ったけど、
今それをやると「自分勝手すぎない?」ってなるような気がするね。
「チャンスが来れば産みたいが、産ませるだけの男に出会ってない」
ってのは、少し前の感覚のような気がする。
「じゃあ、今の感覚って何?」を、
もっと鋭く追及していくわけ。
「仕事はするけど、子供も産みたい。
過度な幸せではなく小さな幸せでいたい」かなあ。

でもこれだと普通の話になってしまうから、
「そんな女性たちのための、保育園を立ち上げる話」
は面白そうじゃない?
とか考えるわけよ。

そこで調べものをするんだね。
保育園ってどうやったらつくれるの?とか、
実際に新しい保育園をつくった人に話を聞きに行くとか、
抽選にあたった人や漏れた人に話を聞きに行くとか、
保育園に預けられない人はどうしてるのかとか。
ぶっちゃけいくらかかるのか、とか。

それで書けそう、と分ったら、
「リストラを機に女性(と自分の未来の子供)のために、
保育園を立ち上げる女の話」
なんてつくれそうじゃない?
などと思うわけ。

で、敵や味方を配するときに、
上でやった議論を使うんだよ。
敵はどういう主張をしてくるのか、とか、
味方はどのような本音を持っているのか、とかだ。
二つの陣営で、A側、B側、と極端に分けられる場合もあれば、
どちらにも分類できない意見もあるだろうね。

そうやって保育園が立ち上がり、
色んな反対運動(子どもたちがうるさいとか)があって、
それらを乗り越えていくストーリーなんてのは、
作れそうな気がする。


今、みんな何に関心があるの?
今、みんなどんなことを心の奥底で思っているの?
その、集合的無意識にリンクを張ろう。

その、どれが主人公っぽい考え方だろうか?
多数派とは限らない。
多数派を巻き込んで世の中を変えていけるような、
そんな少数意見でもいいよ。
主人公はどういう考え方ならユニークで魅力的か、
という観点から、
上で出た主張たちの中から選んでもいいし、
創作してもいいかもしれないね。

たとえば極端に言えば、
「女は専業主婦をするべきだ。
会社員の8時間週5日の労働は、
専業主婦がいる前提でのシステムである。
そんなキツイものに夫婦とも取られるのはナンセンス」
という主張をさせてもいい。
もちろん大勝利ではないが、
「一定の理」はある。
そうやって、主張の解像度をあげていくわけだ。


テーマが主張であるべき、
というのは、こうした架空の議論ができるからだ。

説得しろ、反論しろ、相手をやりこめろ、
架空のディベートをするのだ。
そしたら、そのディベートがまんま作中の議論になるに違いない。

一人でこれをやることは難しいかもしれないので、
複数の企画会議でやるといいかもしれない。
ディベートの相手をお願いしていいですか、
でもいいと思う。

どんな主張が世の中にあるのか、
新聞の投書欄(論がしっかりしている)から探してもいいし、
ネット(論が立っているとは限らないがエッジは立つ)
から引っ張って来てもいいだろう。

そうしているうちに、
「ある価値観を代表するキャラクター」なんかができるかもしれない。
主人公とその人が、どこでどうやって対立するかを考える。
保育園だったら、
園長と副園長で考え方が微妙に変わり、対立するかもしれない。
母親にそのキャラクターがいるかもしれない。
あるいは、保育園反対運動の地域住民代表に、
その人がいるかもしれない。

どういう人がそのストーリーに出てくるかは、
あなたがきめて良いのだ。
議論の熱が強ければ、
キャラクターを強くすることが出来そうだ。


でね。

ここからがようやくあなたのストーリーテラーとしての出番だ。
その主張のぶつけ合いを、直接するのはまだなんだよ。
もっと違うところからストーリーにするんだよ。

保育園をつくる話だとしたら、
保育園をつくるために議論するのではなくて、
借金を背負う話とかにするわけ。
借金を返すために保育園をつくる一石二鳥の話にしておいて、
メインは借金話をつくるのだ。

だけど、保育園をつくるときに、
対立や喧嘩をすることがあり、
そのときに、子育てに対する女の考え方がぶつかる、
みたいに、本音はこう考えていた、
という喧嘩をするといいんだよ。

ガワは借金の話、
しかし中身は子育てと女の話、
みたいにガワと中身を変えるといいんだね。
それをつなぐのが、この保育園である、
のようにしていくと、
話が輻輳化して、複雑になっていく。

保育園と関係ない人に、
子育てに関するハッとした視点を持つ人物がいるかもしれない。

単純な、「女と子育てについて」から始まる議論だと、
こうはならない。

最初に、テーゼ型式、主張型式にすることで、
反論をつくり、再反論し、
別の主張を混ぜ、
「議論」することができるようになる。

何を言ってもよい。
それが主人公である必要もない。
何かを言って議論に波紋を起こして、
どういう全体の波紋として取り上げるかを考えるとよい。

社会問題に敏感な話、といっても、
別にそれそのものを扱わなくてもいい。

保育園じゃなくて、バーをつくる話でもいいんだよ。
仕事に疲れた女たちの息抜きバーみたいなやつ。
子供預り所つきでもいいよ。
それが新しい保育園の形になるね、
みたいな話でもいいんだ。


人は違う。
違うということは、主張や判断基準や、
立場や哲学が違うということだ。
どう違うかは、議論させてみないと分からない。
どういう議論があるかは、
議論させてみないと分らない。

だから、まずさせてみるといいよ。

で、その議論がおもしろく、強く、白熱しそうだと思ったとき、
それをストーリーにできないか?と考えるとよい。

主張と主張のぶつかり合いになったときに、
強いぶつかり合いになるぞこれは、
というのを見つけたら、
それを中心として、別のガワをかぶせると、
おもしろくなると思うよ。
じゃあ、どんな皮をかぶせようか?
というのは、センスだ。


さて。今何が問題だろうか?
今何に対してみんな議論したいし、
あれこれを考えているだろうか?
政治か?社会か?芸能か?
関心はなんだ? ツイッタートレンドは?

なんでもいいんだよ。
世界は今何を考えているかを探ろう。
あなたの関心と、世界の関心はどう違うだろうか?

そのトレンドはいつまで続くだろうか?
半年くらいのスパンならドラマがいいし、
数年単位なら映画がいいかもしれない。
一週間しか持たないなら、
ネット漫画がいいかもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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