演出家なら知っておくべき知識レベルだが、
脚本家は全然知らないことが多い。
頭の中のお芝居の秒数を数えている人はあまりいない。
でも脚本は譜割りでもあるから、
それを意識しない脚本は実現しにくくなる。
具体的な例を。
A、涙がぽろぽろこぼれてくる。
A 「そんな……」
どういう文脈かはおいておく。
この「涙がぽろぽろこぼれてくる」のに、
人は何秒かかるだろうか?
2秒ならウソ泣きだよね。
10秒で出来る?
30秒かかる?
実際には、ヨーイスタートで涙待ちをして、
あふれてくる瞬間から使うだろうね。
じゃあ、仮に5秒でこぼれてくるとしようか。
急にここでこぼれたら変だから、
その前にどれだけの前段を組めばいいかな?
1分くらいの長いシーンがあって、
徐々に気持ちが盛り上がって、
ついに涙がぽろぽろこぼれてくるんだよね、
たぶん。
それが1分であるべきか、15秒であるべきかを考えると、
まあ15秒だと「急に泣いた」ということになるだろう。
もちろん、急に泣いたという文脈ならそれでも良い。
周りが自覚していない状態で、Aが孤立していて、
その気持ちが急にあふれてくるなら、
前段は短い。
そしてそのフォローがそのあとあるだろう。
Aの悲しみを観客が共有している状態ならば、
ついにAが涙を流したというのは重要なシーンになるから、
これもまた急に泣くのではなくて、
ある程度のタメが入るはずだ。
人は泣くまで何秒かかるか?
なんて、普段の生活で考えない。
しかし、芝居をしている人はとても気にするわけだ。
昔CMの師匠に、
「人は一歩歩くのに何秒かかるか?」
という問いを出されたことがある。
「一歩前に出てセリフを言う」とかが、
ものすごく多いからだ。
このとき一歩前に出る秒数を見積もっていないと、
15秒しかないCMはすぐに終わってしまう。
一歩歩いているのを待ってる暇はないのだ。
(何も考えないと、1秒と2/3くらいはかかります。
これを1秒程度にすることは可能。
15秒の中で1秒何もないのを待つのはかなり無駄)
あるいは、
「電話がかかってきてそれを取る」までに、
何秒かかる?
昔なら、
「タバコに火をつけて吸う」のは、
とても気にしていた秒数だろう。
「コーヒーカップを取り、一口すすり、
カップを置く」
まで何秒かかる?
コーヒーカップとスタバのスリーブで、
違うかしら?
こうしたことが影響しないわけがない。
だから演出家は、
歩数や小道具でそれをコントロールするわけだね。
脚本はどうだろう。
A、我慢に我慢を重ねた末に、
ついに涙がぽろぽろとこぼれる。
なんてト書きは意味がないト書きだと分る。
それに何秒かかるんだよ、
その間ずっとAを写していないといけないじゃないか、
ってことになるからだ。
A、部屋に入って来る。
コーヒーカップを一口すすっていると、
スマホに電話がかかって来る。
A 「もしもし?」
の芝居に何秒かかるだろうか?
30秒くらいかかっちゃうんじゃない?
そうじゃなくて、
Aがコーヒーに口をつけて、
スマホの電話に出る。
A 「もしもし?」
くらいが、現実的にできる芝居の秒数だ。
部屋に入って座り、優雅にコーヒーを呑み、
それからおもむろに電話に出るには、
30秒くらいたっぷり見せないといけない。
そんなのはストーリーには無駄なので
(部屋の調度品がとても贅沢とか、
その芸能人を見ているだけで幸せとか、
そういう見せ場である特別な場合をのぞき)
普通現実的な秒数に収まる芝居にするものである。
そもそもコーヒーがこのあと使われないならば、
なくてもいいくらいだ。
A 「もしもし?」
とスマホを取る。
でいいかもしれないくらいだよね。
単に部屋にいるのが不自然だから、
コーヒーを飲んでいたとしよう、
と演出家が美術部にコーヒーを置いといて、
と絵の中にいれるくらいだろう。
この、何に何秒かかるのか、
を考えることは、
映像のテンポ感を考えることにとても重要な役割を果たす。
洗濯物を干すのに何秒かかる?
畳むのに何秒かかる?
(アパレルをやってる人は、畳むのが異常に速いよね)
ノートPCを開いてスリープを解除して、
パスワードを入れて目当てのファイルを開くのって、
実は結構かかる。10秒くらいとか。
脳内イメージは0秒なんだけど、現実はそうではない。
LED電球はすぐにつくが、
蛍光灯は点滅してしばらくかかったよね。
(それを利用したホラーもあった)
意外と、
脳内でのイメージ秒数と、
現実の秒数が異なることがあるんだよ。
それを省略するために、
「ここに二時間煮込んだ鍋があります」
という大胆なやり方もあるけど、
そんなことをしなくても、
カットの間でそれは終わっている、
という風に処理することも多い。
煮込み鍋だって、
火をつける、というアップから、
カットしてヒキになるともうできている、
というのはよくあることだ。
(鍋から離れていた人が、
そろそろかな、と弱火の鍋に歩いていけば、
時間経過を示すことができる)
何に何秒かかっているのか、
というのを観察してみよう。
あるいは、
あなたが書いたものを実際に演じてみよう。
その間いる? その間たるくない?
映画では、車のエンジンは一発でかかることになっている。
間を省略するためだ。
電話も一発で相手が出ることになっている。
取次の間を省略するためだ。
エンジンが一発でかからないとか、
電話がつながらないとかは、
「何かあるとき」だ。
省略を逆手に取っているわけだ。
でも現実ではエンジンはキーを回してもかからないことがあるし、
エンストすることもあるし、
電話を相手が撮り損ねることも多い。
でもそんな無駄な時間は、
映画には描かれない。
「話を進めること」が本道だからだ。
あなたの脚本の芝居は、
何秒かかる動作だろうか?
やってみるといい。
頭の中と違うなら、
あなたはまだ想像力が足りていない。
実際にやっているところをカメラに撮って、
再生してみてもよい。
ストップウォッチで測るよりも客観的に見れる。
意外と速いのか、遅いのかを知ることが出来る。
2026年03月07日
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