僕はタイピングの上級者になりたくない。
日本語の上級者になりたいのだ。
日本語の発音マニア?のYouTuber、
だいじろーをよく見てたら、
Mr. Fujiやらむいむいやらの、
「日本語学習マニア外人」界隈が、
バンバンおすすめされるようになってきた。
ついでにゆる言語学ラジオの水野さんとコラボしたりして、
自作キーボードのメンテのBGMにちょうどいい。
(まだ打鍵感を追求する為の改造をしている)
日本語を知りたければ、
日本語以外の言語を知ると、
外から見た日本語がわかるので、
外国人の視点はとても面白く、
それを彼らの言葉でなくて、
日本語で喋ってくれるのがありがたい。
へー、そうなんだ、と思うところがたくさんあって、
勉強になる。
で、日本語ってとても複雑な言語で、
母国語の我々日本人は全貌を把握してないよなー、
と思う所はたくさんあるんだよね。
100のうち30くらいしか知らなくても使えるし、
みんな30ずつしか知らなくて、
全員の範囲が少しずつ違ってて、
国民として全部カバーしてる感じかなー。
中でも外人だから発音に関することが多くて、
日本語は英語に比べてフラットらしい。
そうか、英語は強弱をもっと使う言語なのか。
アクセントのあるところを最強の山として、
他の弱子音と弱母音が周囲を囲むような構造が一単語で、
その山が連続するのが文章なのか。
その山脈のような構造に比べて、
日本語は平野のようである。
日本語って口を開かずにしゃべると、
外人にとってちょうどいいらしい。
アクセントなしの一音一音を言っていけば、
大体当たりだそうな。
膠着語という、色々くっつけて次を作る方式と、
関係あると思われる。
特に東北は口をなるべく開けずにしゃべる雪国の言葉だからね。
そういえば関西のほうがイントネーションの上下がはげしく、
ときに歌のようになるのは、
あったかくて口を開いてるからかもしれない。
僕はこんなことを考えながら、
これを道具として、
自分の考えを発展させたり、
他人を楽しませたりしたいのだ。
仮にこれが考えという形而上の話だとしたら、
物理の形而下であるタイピングのことに、
関わっている暇などないのだ。
僕は10年タイピングの事を考えて、
足踏みしてしまったともいえる。
(まあそのおかげで、タイピングに関して、
これ以上考えなくていいくらいは考えたわけだが)
形而下の研究はたのしいかな?
基本は不満の解消だと思う。
おかしいだろこれ、が全ての動機だからなー。
僕はタイピングの上級者になりたいのではない。
タイプウェルをSSで辞めたのは、
「凡人の手のままでありたい」と思ったからだ。
手を鍛えたり、認識力を上げたり、
最適化運指などの手の工夫をするのではなく、
「普通の人が母国語で自分の言葉を著す」
ことについての工夫をするべきだと思ったからだ。
薙刀式や百式漢直は、
その凡人のレベルで使える、
最大効果の道具をめざしてつくられている。
特殊技能はいらない。
スポーツマンしか扱えない道具は、
道具としてポピュラーではないのだ。
自転車とかボールとか、
ある程度の親しみさえあれば、
自由に遊べるものであるべきだ。
鉛筆やナイフを使う程度には、
薙刀式は練習する必要があるけど、
決して部活に入って全国大会目指すほど、
やらなくていい。
というわけで、
僕は日本語を極めたいのであって、
タイピングを極めるなんてまったくどうでもいいのだ。
タイピングは道具であって目的ではない。
ただ、自分の目的に、
従来のタイピングが使いものにならないほど劣悪だったので、
使いものになるようにしただけのことだ。
で、使いものになってきたので、
怒りがおさまりかかってるのかもしれない。
IMEへの怒りも、百式漢直があれば、
大体済むようになってきた。
あとは、もう少し脳内負荷を下げて、
思考に集中できるようになるには、
というのが今後のテーマになるのかしら。
つまり削ぎ落とせないか、ってことなのかなー。
日本語は奥が深く、
一つ一つのことばに習熟する以外に、
奥へ行く方法がないと思う。
共通の法則や応用でできる段階よりも、
もっと奥があるからね。
武術が結局技単位で研究するしかないのと同じだな。
ひとつの言葉を覚えたら、
他の言葉とのネットワークにそれを落とし込み、
溶かしていくしかないのよね。
そのときに、たかがタイピングに邪魔されたくないよね。
僕はタイピングを、たかが手段と思っている。
自転車で行くか電車で行くか、であり、
自転車や電車そのものを極めようとしてはいない。
ただガタガタの悪路で車輪が回らない自転車の、
qwertyローマ字を窓から捨てただけのことだ。
小学校でqwertyローマ字を教えるのは、
まあ基礎教養として構わないよ。
でもチン毛が生えたら新配列やりな。
自分の自由に責任を持つ年齢になったら、
新配列を使うべきだ。
そして新配列は、自転車を乗り換えるように、
乗り換えることもできる。
薙刀式にこだわらずに、色々やってもいいはずだ。
2026年03月16日
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