これは常に難しい問題だ。
僕は、「途中」が一番モチベが必要だと考えている。
恋の始まりだけが欲しいのか?
キャバクラはそういう商売だとも言える。
恋の途中のほうが面白いよね。
恋の終わりは切なくて人生ではそんなに体験したくないが、
物語では良く描かれるネタである。
恋の途中、「好きなのかな?」って思って始まるとしよう。
そこから何回かデートして、
やっぱり告白して、
恋人になって、
手つないだりセックスしたり、
会えなくて会いたい、と思ったりすることは、
とても楽しいものだ。
どこに行くか、何を食べるか、
何を一緒にするか、
なんてことがお楽しみになっているわけだ。
相手と会えない寂しさすらスパイスになる。
ここの充実度に比べれば、
恋の始まりや終わりは、
充実してる必要はないくらいだ。
実にあっさり始まって、終わったとしても、
その途中が燃えるようなものであったり、
とても楽しいものであるほうが重要だと思う。
ストーリーとはそういうことだ。
あなたは何かしらのストーリーを書く。
何を書くのか。
始まりを書きたいのか。
終わりを書きたいのか。
そうじゃなくて、
途中のあれやこれやを書きたい、
と思うべきだ。
ああでもない、こうでもない、
と思って、やったり失敗したり、
前進したり後退したりしているのが、
一番楽しいのである。
大失敗して落ち込んだり、また復活したり、
どんどん振れ幅が大きくなっていくのが面白いのである。
その拡大していく感覚、
縮小して、また拡大していく感覚を、
描くのが一番やりたいところでないならば、
かなり「途中」は苦痛なパートになるに違いない。
もちろん、
ストーリーというのはゴールを目指す何かであるから、
ゴールした瞬間を一番描きたいというのが順当だけど、
それに重きを置くと、
途中の一番楽しいところをないがしろにしてしまいがちだ。
だとしたら、
途中を一番描きたいと考えるべきじゃないだろうかね。
何が起こる?
どういうリアクションがある?
何を思う?
そうは思わない、とどうやってもめる?
認めたり、否定したりする?
成功したり失敗したり、
小さな成功を祝ったり、大きな失敗を悔んだりするだろう。
そういうものを、たくさんたくさん楽しんで書かないと、
つまらない中盤になってしまうと思う。
始まりと終わりが適当で良いわけではないが、
少なくとも途中に一番力が入っていないと、
あんこの入っていないたい焼きみたいになってしまうよね。
冒険をみんな楽しみにしている。
冒険へ出るまでの話とか、
冒険を終えて家に帰る瞬間を楽しみにしているのではない。
2026年04月19日
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