2026年04月19日

始まりを描きたいのか、途中を描きたいのか、終わりを描きたいのか

これは常に難しい問題だ。

僕は、「途中」が一番モチベが必要だと考えている。


恋の始まりだけが欲しいのか?
キャバクラはそういう商売だとも言える。
恋の途中のほうが面白いよね。
恋の終わりは切なくて人生ではそんなに体験したくないが、
物語では良く描かれるネタである。

恋の途中、「好きなのかな?」って思って始まるとしよう。

そこから何回かデートして、
やっぱり告白して、
恋人になって、
手つないだりセックスしたり、
会えなくて会いたい、と思ったりすることは、
とても楽しいものだ。
どこに行くか、何を食べるか、
何を一緒にするか、
なんてことがお楽しみになっているわけだ。
相手と会えない寂しさすらスパイスになる。

ここの充実度に比べれば、
恋の始まりや終わりは、
充実してる必要はないくらいだ。
実にあっさり始まって、終わったとしても、
その途中が燃えるようなものであったり、
とても楽しいものであるほうが重要だと思う。

ストーリーとはそういうことだ。


あなたは何かしらのストーリーを書く。
何を書くのか。
始まりを書きたいのか。
終わりを書きたいのか。
そうじゃなくて、
途中のあれやこれやを書きたい、
と思うべきだ。

ああでもない、こうでもない、
と思って、やったり失敗したり、
前進したり後退したりしているのが、
一番楽しいのである。

大失敗して落ち込んだり、また復活したり、
どんどん振れ幅が大きくなっていくのが面白いのである。
その拡大していく感覚、
縮小して、また拡大していく感覚を、
描くのが一番やりたいところでないならば、
かなり「途中」は苦痛なパートになるに違いない。

もちろん、
ストーリーというのはゴールを目指す何かであるから、
ゴールした瞬間を一番描きたいというのが順当だけど、
それに重きを置くと、
途中の一番楽しいところをないがしろにしてしまいがちだ。
だとしたら、
途中を一番描きたいと考えるべきじゃないだろうかね。


何が起こる?
どういうリアクションがある?
何を思う?
そうは思わない、とどうやってもめる?
認めたり、否定したりする?
成功したり失敗したり、
小さな成功を祝ったり、大きな失敗を悔んだりするだろう。
そういうものを、たくさんたくさん楽しんで書かないと、
つまらない中盤になってしまうと思う。

始まりと終わりが適当で良いわけではないが、
少なくとも途中に一番力が入っていないと、
あんこの入っていないたい焼きみたいになってしまうよね。


冒険をみんな楽しみにしている。
冒険へ出るまでの話とか、
冒険を終えて家に帰る瞬間を楽しみにしているのではない。
posted by おおおかとしひこ at 09:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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