2026年03月21日

【薙刀式】濁音別置と宣言記憶と手続き記憶

ラクダエンさん:
> 別置が明らかに有利なのは「手続き記憶化したあとの効率」であって、それがなんぼのもんかという話はちゃんとやりたい。それはそれとして、「手続き記憶化したあとに宣言記憶がノイズになるのか」という話もしたい。おれはならないと思うけどまだ原理を説明できないんだよな

濁音別置の有利さは、
メジャー濁音までかなーと経験的に思う。


で、が、だ、じ、ど、
あたりまでは別置は連接や役割が違う、
いわば「濁音のキャラが立っている」
と思う。

だがマイナー濁音、たとえば、
ざ、ぞ、げ、
あたりは別置になることで、
「よりマイナーな位置に追い込まれて、
連接が悪化する」
ことがありそう。

メジャー濁音を別置することで、
椅子取りゲームの椅子はさらに減ってしまうので。
面数は増えるし、そのためのレイヤーキーも増えるし。

それでも飛鳥や新下駄は、
すべての別置をやり終えたのですげえなあと思う。



僕の経験的には、
150モーラすべてを手続き記憶にできない、
という上限がありそうな気がしている。

頻度とも関係するかもね。
ファは行けるがフォは無理みたいな境界線がありそう。
普段使いにくいものは、
宣言記憶がいいという住み分けかな。

で、
手続き記憶になった先にも、
「ど忘れ」という現象がある。

家から駅までの道はほとんどフルオートだけど、
コロナでしばらくこもってた頃、
久しぶりに駅まで行こうとして、
「この道だっけ?」って感覚はあった。

だから、
「習慣が外れると、
手続き記憶はいったん脳の表面から潜り、
はしっこを捕まないと出てこなくなるので、
それなら宣言記憶から読み出した方が検索しやすい」
という仮説を立てておく。


たとえばカタナ式はもう手続き記憶を呼び出すことが難しくなっていて、
打てば思い出すかもしれないが、
全盛期の感覚を戻すのはかなり難しいだろう。
感覚が錆びついたわけだ。
0になったわけではないのも面白いところだけど。

だから、
「アクティブな手続き記憶の保持」
という項目がありそうなんだよな。

日常的に触れていることと、
量の上限があることと。
個人差もありそうだけど。


清濁別置配列は、
毎日使う分には手続き記憶で運用して、
かつ宣言記憶が邪魔することはなさそう。
(宣言記憶の読み出しは遅いので、
それがノイズになる前に次に行ってしまうから、
いずれやるだけ無駄だと脳は認識するはず)

ただ、週に1回しか文章書かないとか、
書いても1000字とか、
そういう人には運用が難しいんじゃないかしら。

つまり、技術的には優位だが、
という感じかな。


僕が考え、かつ書いているときには、
内容をフル回転して考えているので、
そもそも運動プランニングに回すリソースも勿体ないときがある。
手書きだと「〜」とか書いてごまかしちゃう。
タイピングだと○○○とか記号を打っちゃうかな。
だから、「アクティブに使える手続き記憶には上限がある」
みたいな天井仮説かなー。
その上限値も、切羽詰まってるかどうかで変動する的な。


そんな感覚、脳科学は調べてるのかな?
よくわからない。


僕が「ぜんぶ同置」である薙刀式をつくったのは、
現場であたふたしてもなんとかなる、
を実現したかったからだな。
(だからそれを半分破っている百式漢直は、
いつまでたってもマスターできる気がしない)

たとえば「ち」の連濁の「ぢ」の例で、
こないだ「こぢんまり」を発見したんだけど、
これを打った時は、
手続き記憶の「ちんまり」の運指に、
宣言記憶の「ち+゛」を重ねて運用した。
「こち」の手続き記憶は「こちら」などで慣れているから、
まあなんかアドリブで書けた。
こういう「現場での法則組み合わせで対応」が、
薙刀式のいいところだと思った。


詰まることなくなめらかに永遠に打鍵できるなら、
清濁別置で、手続き記憶のみで、宣言記憶ぬきで運用できそう。

しかし人間は詰まるし悩むし、一定ではないので、
宣言記憶を援用してる気がする。
posted by おおおかとしひこ at 18:00| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック