2026年03月23日

舞台と役

古今東西、物語というのは、
場所と人によってつくられてきた。

Twitterから。
> 娘へ。 生まれてきてくれてありがとう。 大好きだよ。 「ママ、お店屋さんごっこしよう!わたし、鳥のフンの役するからね!」 って言われた時ママはなんの役をするのが正解ですか。

おもしろい。お店やさんにないものを急に持ってくるのか。

その場に娘と母しかいないと仮定して、
この正解を考えよう。


おそらくだけど、
娘の中で、母とやってない別のお店やさんごっこがあり、
その時に急に鳥のふんの役があり、
それがすごく面白かったから、
再体験したい、
という欲求なのではないか。

つまり、
「演じる目的」をさがすのだ。
演じることは目的に対して、
セリフや仕草をコントロールしていくことだ。
その発想をたのしむことである。

したがって、
母の正解は、
「役柄について詳しく聴くこと」だ。

鳥のふんはどこにあるの? 床? 屋根や看板?
それとも鳥かごの中にいるの?
そして鳥のふんはどうしたいの?
このままそっとしておいて欲しいの?
片付けられたいの?

役がわかったら、
それに反対する役か、同調する役をやればよい。

反対する役は、
片付けようとする店員さん、
鳥かごの中にいる鳥、
うわーきたなーいという店の客などが考えられる。

同調する役としては、
同じく鳥のふんがいいのではないか。


女の子は同調や共感を求めるので、
まず鳥のふんをやって、
2人で丸まってふんになるのが一番楽しそうだ。
そのうち飽きてきたら、
それを片付ける店員さんになって、
追いかけっこを楽しむといい。

それがお店やさんごっこかどうかは置いといて、
お店の中にある風景の一つではあるね。

また、リアル文脈でない場合もありえる。
鳥のふんという、嫌われ者が客としてきた場合、
店員さんがどう対処するか、
というアドリブ力を求められるストーリーになるかもしれない。

母が女優ならば、
女優泣かせの娘さんで、
とても微笑ましいではないか。


こんな無茶振りをたまに自分にしてみるのもいいぞ。
場所に関する当たり前のコードを使うのが、
ふつうの手段である
(ここでは、お店屋さんでは店員と客がいるという常識)が、
それをとっぱらうことがあってもいいのだ。

お店屋さんごっこなのに、
デキてる店長と若い女が、客に見えないように、
なんてのはすぐ考えられるよね。
店員と客以外にも、登場人物はありえるわけだ。


つまり、正解はない。

目的を明らかにしたら、
演劇はなんでもできるのだ。
posted by おおおかとしひこ at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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