古今東西、物語というのは、
場所と人によってつくられてきた。
Twitterから。
> 娘へ。 生まれてきてくれてありがとう。 大好きだよ。 「ママ、お店屋さんごっこしよう!わたし、鳥のフンの役するからね!」 って言われた時ママはなんの役をするのが正解ですか。
おもしろい。お店やさんにないものを急に持ってくるのか。
その場に娘と母しかいないと仮定して、
この正解を考えよう。
おそらくだけど、
娘の中で、母とやってない別のお店やさんごっこがあり、
その時に急に鳥のふんの役があり、
それがすごく面白かったから、
再体験したい、
という欲求なのではないか。
つまり、
「演じる目的」をさがすのだ。
演じることは目的に対して、
セリフや仕草をコントロールしていくことだ。
その発想をたのしむことである。
したがって、
母の正解は、
「役柄について詳しく聴くこと」だ。
鳥のふんはどこにあるの? 床? 屋根や看板?
それとも鳥かごの中にいるの?
そして鳥のふんはどうしたいの?
このままそっとしておいて欲しいの?
片付けられたいの?
役がわかったら、
それに反対する役か、同調する役をやればよい。
反対する役は、
片付けようとする店員さん、
鳥かごの中にいる鳥、
うわーきたなーいという店の客などが考えられる。
同調する役としては、
同じく鳥のふんがいいのではないか。
女の子は同調や共感を求めるので、
まず鳥のふんをやって、
2人で丸まってふんになるのが一番楽しそうだ。
そのうち飽きてきたら、
それを片付ける店員さんになって、
追いかけっこを楽しむといい。
それがお店やさんごっこかどうかは置いといて、
お店の中にある風景の一つではあるね。
また、リアル文脈でない場合もありえる。
鳥のふんという、嫌われ者が客としてきた場合、
店員さんがどう対処するか、
というアドリブ力を求められるストーリーになるかもしれない。
母が女優ならば、
女優泣かせの娘さんで、
とても微笑ましいではないか。
こんな無茶振りをたまに自分にしてみるのもいいぞ。
場所に関する当たり前のコードを使うのが、
ふつうの手段である
(ここでは、お店屋さんでは店員と客がいるという常識)が、
それをとっぱらうことがあってもいいのだ。
お店屋さんごっこなのに、
デキてる店長と若い女が、客に見えないように、
なんてのはすぐ考えられるよね。
店員と客以外にも、登場人物はありえるわけだ。
つまり、正解はない。
目的を明らかにしたら、
演劇はなんでもできるのだ。
2026年03月23日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

