ジャンル映画というものがある。
ホラー、アクション、ミステリー、コメディ、ミュージカル、
などなどだ。
それらが上手な監督、脚本家がいるだろう。
僕は、実はそれらは専門の人たちではないと思う。
彼らはそもそも映画を語るのがうまいのだ。
たとえばホラー映画が得意な人がいるとして、
もちろん、その人はホラー表現や恐怖について詳しいんだけど、
それだけではホラー映画の話はつくれないと思う。
彼らは新しい恐怖をつくるのがうまいだけではなくて、
そもそも映画をつくるのがうまいのだ。
同様に、コメディが得意な人は、
笑いや皮肉に詳しく、新しい笑いがつくれるだけではない。
映画をつくるのがうまいのだ。
つまり、ホラー映画、コメディ映画、
アクション映画、ミステリー映画、
などなどは、単なるホラー、コメディ、アクション、ミステリーではない。
そもそもそれ以前に映画なのである。
映画を語ることがまずうまくて、
そのうえに、それぞれのジャンルの味付けがしてあるわけだ。
つまり、
下仕込みがうまくなくては、
それぞれのジャンルはそもそも出来ないのだ。
では、その基本の下仕込みに当たるものはなんだろう?
事件、テーマ、プロット、変化だと思う。
事件はそのジャンル特有のものかもしれない。
ホラーなら怖い事件だし、
コメディなら面白い事件で、
アクションならアクションで解決を期待される事件だろう。
だがその先は、
実はいつもの、プロット(ターニングポイントやストーリーラインや、
メインプロットやサブプロットの構造をもつもの)
であり、
テーマであり変化だ。
ホラーで変化やテーマがないものは、
ただの遊園地の怖いテーマパークでしかなくて、
映画ではない。
コメディで変化やテーマがないものは、
ただのお笑い劇場であり、映画ではない。
それはアクションでも、ミステリーでも、
ミュージカルでも、ラブストーリーでも、
もちろん人間ドラマでも、刑事ものでも医療者でも、
SFでも時代劇でも、
すべて共通ということだ。
むしろ、
その共通していることが映画という何かなのだ。
キャラクターの面白さや、
シチュエーションの面白さや、
人気俳優にうっとりすることなどは、
映画の楽しみのひとつであるが、
それが全部なくても、
傑作映画は傑作の映画だと分る。
たとえばビリーワイルダーの一連の映画は、
現代の我々の知らない役者たちだし、
キャラクターもシチュエーションもそんなに驚きがない。
しかし、なぜこんなに心を打つのかを考えると、
それが映画になっているからだ。
アクション映画の傑作、T2は、
ミニチュアであることや初期のCGであることは分っているのに、
なぜにこんなに心を打つかを考えると、
それは映画になっているからだ。
スポーツ映画の傑作、ロッキーは、
以下同じ。
ああ、いい映画を見た、
という共通点を考えるといい。
コメディが得意な人がいたとしても、
それを封印したら、
人間ドラマをつくることができるかもしれない。
アクションが得意な人がいても、
ほんとうに映画を語れるなら、
ミステリーが書けるかもしれない。
だから、
僕はあんまりジャンルということに興味はない。
そのジャンルのお約束とか、
そういうことにはある程度詳しい必要はあるが、
別にそんなことやらなくても、
映画になっているほうがよっぽど重要だと思う。
なんなら、
コメディ風人間ドラマ、みたいに、
人間ドラマを全面に押し出してもいいくらいだからね。
もちろん、
そうなるには、
人間の本質とはなんぞや、とか、
ストーリーを上手に語るコツとか、
そういう基礎の力がとても大事になってくると思う。
逆に、基礎さえ整っていたら、
ちょっと応用するだけでどんなジャンルでも書けると思う。
それがそのジャンルとしては微妙だったとしても、
映画として傑作であれば、
それは傑作になると思うよ。
たとえば三谷幸喜は初期の映画では、
映画になっていた気がする。
「12人のやさしい日本人」「ラジオの時間」
なんかはとてもよかった。
でもコメディを意識しすぎて、
コメディを書こうとして、
どんどん映画から遠ざかって行ったと思う。
その「映画」とは、どんなものか?
を問うことが、
実はわれわれの仕事のような気がする。
映画とはなにか?
なにが映画じゃないか?
なにが映画と似てて、
どこが絶対に映画に必要なのか?
答えはない。
でもそれを自分なりに用意していたほうがいいと思う。
そうでないと、
自分の書いたものは何か?
と認識できなくなる。
アクション映画を書いたつもりで、
アクションしか書いていないかもしれない。
映画の部分が抜け落ちているかもしれない。
映画の部分が書けていたら、
現場でアクション監督がもっと足してくれるだろうが、
映画の部分が書けていなかったら、
誰も足してくれない。
脚本家が書くのは、
映画の、その芯になる部分だ。
芯のないぐだぐだな失敗作をたくさん見ていれば、
脚本家が用意するべきものは何かが、
分ると思う。
名作と駄作は何が違うのか。
僕は感銘だと思っている。
それは人間とは何か、という深い考察に満ちたもので、
人生に新しい見方を教えてくれる何かだと思っている。
それを、事件、経過、解決を通じて、
全体として描くものだと思っている。
そこが出来ていたら、
ジャンルは適当でもいいと思うよ。
プロデューサーはジャンルを気にしたがる。
それは、配給が気にするからだ。
配給はジャンルのバランスを取って、
コメディが1本足りないとか、
アクションが2本多いとか、
そういうバランスで各月の興行を均して、
平均的に観客を取っていく。
まあ、そんなことを気にする必要はない。
もっと根本的なことを気にするべきだ。
あなたは脚本家だ。
ストーリーを一番気にするべきだ。
それは映画になっているか?とね。
2026年04月26日
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