2026年03月25日

【薙刀式】百式漢直はカナ漢字変換文を3割増しに速くする

体感これくらいは速くなっている気がする。


実際に文章完成速度が上がっているかは測定してみないと分らない。
そんなに変わっていないんじゃないか、と思う。
下手したら、慣れていない漢直の運指をやるために、
遅いまであると思う。

じゃあ何が速くなっているか、というと、
ノイズがなく思考できるゆえに、
「見通し」かな、と思った。

フロントガラスに雨や雪やダストがついているときに、
120キロ出せるか、ということだ。
アクセルベタ踏みでフルスロットル出すのは、
心理的に怖いでしょ。
見えていないんだから。

でも3割はクリアに見えているとしたら、
3割は前が見えるようになったから、
それでアクセルを踏める、
という関係性のような気がしている。


少なくとも、この漢字だけは漢直で打てる、
ということが分っているがゆえに、
それが来たときにもう打ったと同然の気持ちなので、
手に任せて、
思考は先に行けるんだよね。

タイピングゲームにおける、
先読みが成功している状態、
に似ているのかもしれない。

なので、手はさっき書こうとしたことを書いているのだが、
心の目はすでに先のことを見ている、
みたいな状態が確保できる。

この余裕こそが、
漢直をやって一番いいところなんじゃないか、
って思った。
視界が確保されている感覚だ。


同音異義語が一意に決まるので、
脳がクリアになる、
というイメージはその通りだけど、
その先に何があるか、
を考えたときに、
視界がクリアになる、というのは想像していなかったことだな。

庭で遊んでいるとしたら、
庭が先まで、周囲まで、見えている状態になる感覚。
より俯瞰的になれるし、
より集中的に細かいところも見れるね。

漢直で文字を書いているころには、
すでに次のところへ意識が行き、
次のことを考えて無意識に文を紡ぐ。
その「次が見えている感覚」が、
体感3割ましになっているな。

僕は脳内にある思考が、
空間にあるような感覚をしている。
それを言葉で空間を削り取るような感覚で、
ものを書いている。

一意に削り取れるなら、
次の削り取るところへ視線をそのまま移せばいい。
カナ漢字変換とは、いちいち脇見をすることだ。

それが、百式漢直を使っていて、
いま感じている部分だね。


薙刀式はもちろん流れがよろしい。
それに加えて、同時押し的に1打で漢字が打てる。
2打順次の漢字はやや手間だけど、
その手間に見合った一意の熟語が多いので、
それで気持ちよさがある感じだなー。


漢直を書いてる人の感覚は、
ずっと分らなかったが、
こんな感じなのか。

未来、いまだ来ぬものを僕は見ているので、
その視界がクリアになるってことは、
よっぽどいいことが起こっていると思う。

ていうか、いちいち脇見運転させるカナ漢字変換なんやねん。
posted by おおおかとしひこ at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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