ラクダエンさん:
> どぉーも取材した感じ、フル漢直では運動難度が高すぎて運動プランニングが全然間に合わない、つまり音韻ループバリバリっぽい。
https://ujimushisradjp.hatenablog.jp/entry/2025/12/01/015556
この動画を見るとそういう気もする。
頭の中で声を出すこと=考えること、
それを機械的に写すこと=手がやること、
という感覚で書いてる速度のような気がするなあ。
僕はカナ配列であり、
単打率6割程度で、1モーラ1アクション
(該当する配列は、新下駄、シン蜂蜜小梅、姫踊子草、
そして薙刀式のみである。ハイブリッドは除く)
の薙刀式で、
脳内発声なしでひらがなを打っている。
考えが非言語の何かとして脳内に浮かび、
それを手に送り出すと、
「手が日本語に翻訳する」という感覚で書いている。
たぶん英語を学べば、
「英語に翻訳する手」ができて、
頭では考えることは同じだと想像する
(ただ言語によって得意不得意な考え方があるため、
脳内の発想はそのフィルタ向けになるかもしれない)。
これと、脳内発声ありで、
脳内の「思考→書く」機序がだいぶ異なるのでは、
というのがこれまでのあらすじ。
フル漢直
(仮に1000字前後をマスターして、
カナ漢字変換をほとんど使わず書いていくこととしよう)
で、考えに脳内発声が起こるなら、
僕の感覚からしたら、
「思考にブレーキがかかっている」状態になる。
クリアで高速な脳内発声なしの思考が、
わざわざ指差し点呼をするような、
遅い思考になってしまう。
もちろん可能だよ。
子どもにゆっくり話すようにすればよい。
でもそれをすることになんの意味があるのだ、
となってしまう。
僕がその速度に降りることはないと思う。
僕は加速したいのだ。
手が「ひまだなー、お前早く考えろよ」ってなってほしい。
それは、いまだ実現していない。
1500字(変換後)/10分ペースでこうしたブログ記事を書いていても、
なおもっと速く書きたいのだ。
目標は2000。
手を鍛えるという手もある。
タイパー的な修行をして、
そもそも手が速くなる選択肢もある。
僕はずっとサボってきた。
「手を抜くことに全力を使って考える」からだろう。
体力に任せる方法は、それが衰えたら終わりだ。
年をとって引退するタイパーはどれくらいいるのだろう。
その後どれくらい衰えていくのだろう。
彼らはそんなことをまとめて書かないので、
何が待っているかわからない。
「俺昔、あと一試合で甲子園出れたんだよ」って、
飲み屋で自慢するぐうたらおやじみたいになるのだろうか。
純粋に速くなれるなら、
タイパーを信じて鍛える手もあるのだが、
変換をどう処理するのか全然出てこない。
単語登録か、学習オフかだ。
そしてその膨大な体系の、体系的解説をほとんど聞かない。
たくさん書けるんだからたくさん書いてくれればいいのに。
打鍵数を考えれば漢直でよいのでは?などと思ってしまう。
なのでこの路線は厳しいと僕は考えた。
僕はアスリート的なのがもともときらいなのだ。
で、
一意に書ける部分を少しだけ混ぜる、
部分漢直にたどり着いたわけだ。
常用するコア23文字は脳内発声がなく書けている。
自動化された運動記憶(手続き記憶)だ。
これは編集モードが1面増えたようなものだ。
しかし残りの77は、
ほとんど脳内発声が起こる。
つまり遅い。
その代わり、半連想式、
一音目のカナは薙刀式のカナの位置で、
二音目のカナは空間的配置記憶で、
という宣言記憶に頼る方法なので、
写真記憶が保持されてる限りは、
忘れないのは大きいな。
今のところ、この77は、
「ぬ」よりも頻度が低いことがわかっているので、
3か月に数回という頻度のため、
手続き記憶化するのには、
実戦で100回は打たないといけないという経験則から、
100ヶ月程度=8年程度かかることが予測される。
なので、それまで使う保証がないので困っている。
今徹底的に練習して身につければ別かもだが。
で、77のうちいくつかは、
カナの位置を意識しても、
脳内発声なしで呼び出せる事がわかってきた。
以上、異常、以外、意外あたりね。
こうしたときに、本格的に、
「脳内発声なしの非言語で考えて、
手が無意識にそれを日本語として編む」僕のスタイルに、
組み込まれていくのだという実感がある。
おそらく僕はこんな風にしか漢直を使えないので、
100をそこまで練り上げるには、
数ヶ月じゃ無理なんだろうなと予想している。
8年待ってられんので、
途中でなんかするかもしれない。
カナ漢字変換は方便であり、
できればなくしたい。
僕の手書きはそうだからで、
900字/10分で書けるからだ。
この思考のクリアさにくらべて、
薙刀式+カナ漢字変換は1500出るのに、
濁っている。
猫を膝の上にのせて撫でながら打っている感覚だから、
純粋に考えられていない。
猫なら心地いいが、ことはIMEの監視だからね。
この糞猫ブレーキをなるべく減らしていくのが百式のアプローチだが、
いうて半分にならないだろう、
というのが今のところの読みだ。
「脳内発声なく、
手が言語化してくれる脳内モデルで、
フル漢直で、
2000字/10分」
あたりが僕の目標値なのだが、
誰もまだそれをやってないのだろうか?
脳内発声なしを必須条件にした場合、
漢直のアプローチは違うルートなのかな?
そこがわかんないから、
わかんないのよね。
漢直を使っているときに、
脳内は、手はどうなってるのか、
誰も言語化してないんだよなー。
いや、「全ての人は脳内発声ありで考えてるんだから、
それの何が問題なのだ。ここは理想郷ではないか」くらいの、
「多数派の無自覚な無知」である可能性が高いと僕は思っている。
自分を認識するには、
異なる他人と比べるのが一番早い。
なので僕の脳内と手で起こっている事を、
つまびらかにしてみた。
僕とどう違うのかを知りたい。
2026年03月26日
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