2026年03月27日

【薙刀式】T-codeの打鍵上の優位点

例外がなく、繰り返しできるところ。
つまりトランス状態に入りやすいと予想する。


ローマ字は例外の多い入力法だ。
母音1打、その他2打、
拗音3打、
外来音は2打(faなど)と3打(dhiなど)があり、
小書きを使う場合4打もありえる(dexiなど)。
また、「ん」は例外的で、
後に続くものでnnとnに分岐する。

これが頻度に従って、
よくあるものなら1打で、
レアなら3打、ならいいんだけど、
そうもなっていないのが面倒なところ。

頻度と打鍵の複雑さは反比例するべきであり、
頻度×複雑さを全てのキーに対して足したものが、
最小になるべき、
というのは新配列の設計原則だ。
(例外はあります)

これを厳密に適用したローマ字配列はない。
たとえば最も出る「い」は1打だが、
低い頻度の「あ」は2打、のようにはしない。
どこまで行っても子音+母音の関係は崩さないようである。
そういうローマ字があってもいいと思うけど、
直感に反しすぎて、カナになっちゃうのかもしれない。
(かわせみ配列がその汽水域にいる気がする。
かわせみってローマ字配列?カナ配列?
ハイブリッドとしかいいようがない)


カナ配列は、おおむねこの原則を貫いている。
頻度が高いものは1打、
低いものは2打や同時打鍵、
さらに低いものは薙刀式では3キー同時打鍵だ。
さらに百式では親指を押しながら2ストロークだ。

つまり、ローマ字もカナも、
「異なる打法を組み合わせて1単位文字を打つ」
という方法論の、
打鍵集合の足し引きをやっているわけだ。


例外がT-codeというわけ。
すべての文字が2打と一定である思想だ。

ほかにも、phoenixのカナ部分は、母キーがあることで、
すべてのカナが2打になっている。
カナ配列として見た場合、T-codeと同じ原理。

僕はこのシステムを、
「頻度に応じて変えないなんて非効率だなあ」
と思っていたのだが、
百式の複雑な打鍵を毎日触ってると、
「何も考えずに2打2打2打……は、案外あるかもしれない」
とうらやましくなってきた。

合理性=打鍵効率という意味では悪いのだが、
意識から打鍵を追い出して、
トランス状態に入りやすいのは、
「同じことの繰り返し」だと。



これは意図してやったことではなく、偶然だろう。
専門オペレーターの清書目的として誕生したT-codeが、
創作文においてはトランス状態に入りやすくなる、
という偶然だと思う。

トランス状態に入りやすくするコツは、
同じリズムの繰り返しがキモだ。

多くの宗教的魔術的ダンスや、振り子を用いる催眠術は、
同じリズムを繰り返して、眠るのと起きてるのとの、
間の状態を作り出す方法論だ。


薙刀式で自動書記状態に入るのは、
それほど難しくない。
ただIMEの監視ぶん意識を保たないといけない。
これをノイズとして僕は嫌ってきた。

だけどノイズを除去しようとした、
薙刀式+百式になると、
完全マスターしてないこともあるので、
脳内辞書を引く分脳が覚醒しちゃって、
トランス状態の維持が難しくなるのよね。

自動化しているコア23を使う上ではトランスに入りやすいが、
残りの77はまだ自動化できてないのでね。


T-codeの良さはつまり、
フル漢直であることよりも、
すべてが一切関係ない2打になっていること、
かもしれないなー、
などと観察している。

TUT以降、これらを「合理化」しようとする動きがあったが、
それらを使ってる人は、
T-codeほどいないような気がする。
(いたら打鍵動画あげて!)
最初の民生漢直だから普及したという事情もあるかもだが、
使い続けてる人が多いのは、
それなりに2打トランスが維持できてるからでは?
と想像した。


トランス状態をつくるのが苦手な人は、
盆踊り大会に出るといい。
同じ踊りのひたすら繰り返しなので、
炭鉱節とか北海盆唄とかは長い曲なのでトランスに入りやすいんだよね。
その快感を求めて来るベテランが多いんよね。

ループミュージックもそうよね。
いまはEDMというのかな。
昔はテクノとかトランスとか言ってたよね。
石野卓球とかずっとそれをやってる気がする。
そりゃクスリと相性よくて、ピエールもはまるわ。


で、僕はタイピングよりも手書きのほうが、
トランス状態に入れるね。
IME監視ノイズがないからじゃない?
あと、言葉のリズムで手書きが書けるからだと思う。

脳内麻薬がぶわーっと出るのが、
創作の快感の一つだけど、
それはトランス状態にいることが必須だ。
だから自動書記が起こるんだよな。

そこまでわかったうえで、
qwertyローマ字×左ロウスタッガード×IMEの操作法が、
つくられているとは思えない。
むしろすべてを阻害してくるので、だから糞だ。



ということで、
百式では原理上自動書記までたどり着けなさそう?
と思ってるのが現在地点。

しかしT-codeをそこまで仕上げるのに何年かかるんだろ?
それ以外の方法ってないのかなー?

やはり、自動書記トランス状態で、
第一稿を手書きで書き、
それを効率の良いタイピングで処理してしまうのが、
最適解な気がしてくるな。

タイピングのトランスは、
手書きのトランスに比べて混ぜ物入りだ。
(T-codeを除く)



なんか理系的な「書く」とか効率とかはみんな議論できるんだけど、
なんで書きたいんだっけ?
という根本ってここだと思う。
書くのはきもちいい。
自分だけ書いて気持ちいいのをオナニーと呼び、
みんなの幸せになるものを書くのが優れた書き手とか、
物書きといわれるのだろう。
posted by おおおかとしひこ at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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