じーびすさんのおもしろい視点。
https://x.com/jeebis_iox/status/2037462996713439351?s=20
> 音と文字が一対一対応している表音文字の文化圏(イタリア・フィンランド・セルビア・トルコなど)
へー、そんな言語があるんですねー。
たしか日本語の点字は1対1対応だっけ。
(表意文字を表現する必要はないから?)
ヘンテコな言語はむしろ英語よね。
読みとスペルがほとんど一致しない。
だから英語のアルファベットは表音文字ではない。
表意文字でもないので、
表語文字と言われることもある。
耳で聞いた通りに書かない言語なので、
スペリング大会、全国大会があるという話は、
大西さんの好き語りで初めて聞いた。
(その後、日本語大好き外人チャンネルをよく見るようになったので、
たまに話題に出る。あ、Spelling beeってやつだなとほくそ笑む)
逆に、
英語のタイピングって、
我々が漢字を書いてる感覚に近いのかな?
タイピングと絡めて議論してるのはまったく知らないなー。
比較言語学の延長的な話になりそうだね。
(だいじろーさん、Mr. Fuji、次回のネタにどうでしょ)
英語の競技タイピングの場合、
脳内発声を抑えると速くなるという話はよく聞く。
スペルと発音が乖離してる言語だから余計にそう。
日本語の競技タイピングだと、
漢字変換がほぼないから、
表意文字は出てこなくて、
逆に表音文字だけを打ってるんだね。
結果的に真逆の事を日英でやってるんだ。
それでも脳内読み上げ速度より速くタイピングするために、
脳内発声を止める訓練をするらしい。
脳内発声のない人は、
5%〜20%と、調べ方によってまちまちだけど、
言語と関係するのかしら?
イタリア語で脳内発声がないと、
かなり苦労するのだろうか?
それとも独自の何かを生み出したりするのかな?
表音の組み合わせのハングルだとどうなるんだろ?
脳内発声ない人は大変そうだ。
英語は逆に脳内発声なしでも、
タイピングはできそう。
他の国に比べて有意に多かったらおもしろそう。
誰か調べてるのかな。調べてねえだろうなー。
パッと探した範囲では、
複数言語を喋れる人は脳内の音量コントロールをしてるという、
脳内発声あり前提の話が出てきた。
https://blog.duolingo.com/ja/bilingualism-in-the-brain/
脳内発声なしの人を全く知らない前提だね。
多言語習得の速い人は、視覚野も併用している事がわかった。
https://www.asahi.com/sp/articles/ASP41540BP30ULBJ00Y.html
脳内発声以外の何かを使ってる傍証だろう。
脳内発声がない前提ではないね。
うーん、世の中はどうやら脳内発声はあるものとして、
進んでいるらしいな。
そっちのほうが僕には衝撃よ。
2026年03月27日
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Zdravoって打つ時はZ, d, r, …と音をそのまま入力しても、見た目をそのまま入力してもいいのですからね。というより、どっちと捉えても同じというほうが正しいでしょうか。
あー、それもありそうですね。
全員脳内発声ある世界もあるかもしれないと思ったけど、
そっちが有利だからそっちが増えるかもしれないと。
仮に日本語が全部ひらがなだったら?
という想像をすると、
たぶん脳内発声ないまますーっといくかもしれない。
(文節で区切った方が読みやすいとは思うけど)
脳内発声がない人は、生来そうなんだろうか。
それとも発達の過程で何かしらあったんだろうか。
自分は全く思い出せないんですが……
字余りだけに言及していますが,私は意図しない字足らずも字余りと同じくらい起こします。(歌会とかで指摘されて感覚がおかしい事に気がつくことが多いです。)
字余りや字足らずといっても,私の中では"深刻に汚い字余り(字足らず)"と"拍として許容されるはずの字余り(字足らず)"があって,前者である事には気づけるのですが,後者も他者には前者であるとみなされがちです。
私は音を子音母音単位で考えている,というよりかはじーびすさんのいうように音節なのかなと,もっと言えば一部にシラビーム的な捉え方をしているのだと思います(私自身東北の人間ではありませんが…)
拗音に長音が混ざっていると,モーラ区切りがどうしても自然に感じないんですよね。
なので例えば3モーラを2拍と取り扱ったせいで歌全体で字足らずが発生したり,歌全体で浮いた拍が足りないからと言葉を差し込んで字余りを起こしたりすることが多いです。
文芸なので一定他者の言語感覚に不可侵の領域があるのか,歌会で一応意図を解説すると「そういうリズムなら…」と理解は得られるのですが,やはり賞レース等では不利に働きますね…
興味深い話をありがとうございます。
にわかには信じ難いけど、
そういう人がいるんですねー。
カラオケにいくと違和感があるのかな。
新しい日本語ラップがつくれるかもしれない?
ラップには可能性があると思います。
エミネムは「orangeをオーゥレィンジと発音したらdoor hingeやstrangeで踏めるようになる。」と言ってましたし,賛否はありますが日本語ラップでも韻を検索できる韻ノートの登場から人間にしかできない,いわゆる語感踏みが一時期流行っていましたね…
ラップは聞き手に違和感を抱かせない意図した音をお手本を添えて聞かせられますが,短歌の場合は読み手に委ねるしかないので,大体は癖のある句切りを用いる以前の拍で調整するのですがどうしても限界はあります。
脳内発声がある日本人の中には休符のウンとか,裏拍にアクセントがあるシンコペーションとか感覚的に馴染まない人が一定いるのではないかと思います。脳内発声がない場合は素直に拍が取れるというか,拍を邪魔するノイズがないので問題として現れなかったりするのかな…
宇多田ヒカルが従来の七五調を崩したのが歌謡界の革命だったのも、
ずいぶん前になりましたねー。
俵万智のサラダ記念日も、
本来と区切る場所が違うところが斬新だったリアルタイムの記憶がうっすらあります。
なので、ふつうと違うやり方は、
革命を起こす可能性があります。
裏拍とか休符とか入った短歌は、
内容と一致してたらなかなか面白いのではないでしょうか。
> 脳内発声がない場合は素直に拍が取れるというか,拍を邪魔するノイズがないので問題として現れなかったりするのかな…
そもそも音がないので、
何を議論してるのかが理解できません。笑
ノイズも何もない状態なので。
わかるのは自分が喋ってるときだけかもなー。
自分はたまに短い曲を作曲することがありますが、
鼻歌忘れたらもうおわりですからねー。
スマホで録音してなかったらアウトだな。
あと脳内発声がないということは、
韻もダジャレも世界にないということです。
初めて韻をならったとき、全然わからなかったもの。
口に出して「そこ?」ってやっと分かった感じです。
今でも韻とダジャレは気づいてない事が多いです。
耳で聞いてても気づかなかったりします。