ねじ式を読んだのは中2の頃でそれは1984年。
その時点ですごい昔の漫画という認識だった。
寺山修司くらい昔。(調べたら1968年)
なのでまだ生きてたのか、という驚きの方が強い。
かなり若い時期(29歳)に描いたんだなー。
Twitterから。
> つげ義春が生き延びたのは彼を積極的に起用したガロという雑誌があったのが大きいと思います。大島弓子なども少女雑誌が守った。 それが現在では機能を失調しており、短編の名手達は割りを食っています。
「売れるものを売ろう」というPOSシステムの導入からかなー。
それ以前は「世界に必要と思うものを世に広めて、
世の中を豊かにしよう」という動機があったように思う。
売れ線ばかりになると、世界は痩せるのよ。
痩せたら森林のないハゲ山になって、文明は滅亡するのよね。
そんなことを今の編集長が考えてるかは知らない。
世界を考えるには余裕が必要なので。
おつかれさまでした。
世界が豊かな時代に生まれてしあわせです。
2026年03月27日
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