実験として面白いので、
百式なしのネイキッド薙刀式でしばらく打ってみた。
脳が楽。
だいぶ余計なことを考えなくてすんだ。
「考える」というのはまた違うか。
飛行機のコックピットみたいに、
たくさんの計器を見ている状態から、
スピードメーターだけ見とけばいい、
みたいな感覚にかわった。
つまり、意識が鋭敏に研ぎ澄まされた。
逆に言うと、百式漢直では、
意識はうっすら分散していた。
うっすら思考全体に膜がかかっているようになってたのが、
なくなると晴れ渡った感じ。
消費税みたいな感じかな。
僕らはまだ消費税導入前の、
値段と財布が直結してる感覚をもっているが、
消費税のような中間フィルタが邪魔なのだ。
ぶっちゃけコンドームでたとえてもいい。
それはまだ漢直に慣れきっていないから、
薙刀式のほうに慣れてるから、
という見方もあるのでなんともいえないが、
ブレーキがなくなって、
急にバイクの空気抵抗がなくなって、
フルスロットルあけられる感覚になったなー。
手書きくらい直接入力にならない限り、
部分漢直はめんどくさいだけなのだろうか?
漢直に回すか、IMEでいくか、
という咄嗟の判断が必要なのが、
そのブレーキの正体かもしれない。
そのブレーキがないほうが、
思考に集中できると。
(そのかわり事故も起きる)
百式程度では、
まだ漢字に直接触ってる感覚が、
少ないのかもしれない。
薙刀式がモーラに直接触って、
ことばに直接触って、
とくに繋ぎの語に直接触って、
思考に直接触っている感覚にくらべて、
百式漢直は、
間接的に触ってる気がする。
2ストロークだからかもしれない。
指の感覚は2本だと間接的になる、
というだけかもしれない。
この仮説は、同時押し漢直をつくれば、
わかるかもしれない?
2026年04月01日
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