なるほどね。
手を拘束すると言葉の記憶が低下する研究。
https://trilltrill.jp/articles/4240106
手には何かしらの記憶補助装置がある、
言葉は手から腕あたりのへんにある、
と僕が思っていることに近い感覚だ。
僕が手に言語が宿っていると考えるのは、
特別なことではないと思っているんだけど、
こういう感覚を書いている人があんまりいないので、
だからなるべく言語化しようとしている。
誰か他の人が「おれもそうだ」というためにも、
あるいは、
先入観のある間違ったモデルでモデル化されてしまわないためにもだ。
で、僕は唯一のやり方じゃなくて、
複数のやり方があると考えていて、
どういう流派があるのか、
というのを明らかにしたいかな。
その大きな分岐点は脳内発声のあり/なしかもだし、
全然違うところにあるかもしれない。
まあ、こういう典型的な人がいるらしいよ、
というひとつのモデルになればさいわいだ。
僕がずっと感じてきた違和感の正体が、
最近の脳科学や認知科学の観点から、
明らかにされつつあって面白い。
その違和感とは、qwertyローマ字×MS-IMEの操作体系×左ロウスタッガードという、
デファクトスタンダードの想定脳内モデル(書くこととはこういうこと)が、
全然素人の先入観っぽいことだ。
あるいは、このやり方で書くことの本質にたどり着いている人もいるかもしれないが、
僕は全然違うところで書くという能力を身に着けていて、
それと全然違うのに、
「みなさん(=素人)そうされてます」
という多数派の暴力で、
だいぶ踏みにじられてきた、という感じかな。
物書きというのは人と違う繊細な感性があるから、
特別な文章の書けるプロになるわけで、
そういう人を、
デファクトの入力方式が、
だいぶ潰してきたんじゃないか、
というのを断罪したいものだ。
(したからって失われた30年は帰ってこないけど)
というわけで、
僕のような脳や手を用いて文章を書きたい人は、
自作キーボードをやったり、
軽いキースイッチをつかったり、
オールコンベックスキーキャップをつかったり、
薙刀式を使うといいと思う。
もちろん、スタンダードでない他の何かでもいい。
異なるやり方があり、それは自分のPCでも使える、
というのを知らせていきたい。
2026年04月06日
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