2026年04月10日

【薙刀式】標準が複数でもがまんできるか

さらに続ける。

仮にOSレベルで新配列たちが多数収まったとしても、
人はそれに耐えられないかもしれない。
「標準を一つにしてくれ」という、統一願望がある。


多様性というのがようやく21世紀に花開いたけど、
みんな本音ではややこしいなあと思ってるはずだ。
一つに決まってる方が思考停止できるからだ。

外国に目を向けなくても日本にだってたくさんある。
葬式の作法は宗派によって違う。
キリスト教の葬式は2回出たことがあるけど、
数珠いるの?って迷った。
アーメンなの?手合わせるの?どっち?気持ちが伝わればいいよね?
と色々迷った。
うちは大阪によくある真宗なのだが、
日蓮宗の葬式はだいぶ勝手がちがったなー。

関西人と東京人はまだ和解したとはいえない。
ずっと火種を抱えてると思う。
表面上は仲良くしてるかもしれないが。

もし明治政府が標準語を定めなかったらややこしかったろうな。
つまり、
「標準」は、「統一」のために必要なのだ。

もしキー配列がバラバラだったら、
タイプライターは普及しなかったろう。
レミントン社が寡占(現在は違法)をしたから、
qwertyは普及したし、
JISという連合があったから、
キーボードは普及した。
(問題は、それがよくなかったことだ)

PCがWindowsに統一されたから、
日本のIT化は進んだのだ。
(一部Mac派もいて、僕はそっちスタートだが)

つまり標準化は普及と統一の、手段でしかない。
使いやすさとか利便性の方法論ではない、
政治的手法であるといえる。

当時は複数の配列を搭載して、
それぞれを切り替えるなどという発想もなかったので、
統一という標準化があったことだろう。
そのことで、
「そのことについては考えなくて済む」
という思考停止を生んだわけだ。


多様性は思考のノイズになる。
選択肢が増えるからだ。
パーティーを開くとして、
豚肉を食べられない宗教のための食事を用意するかどうか、
考えるだけでめんどくさい。
招待は日本人のみとすれば楽になる。

支払いがPayPayなのかクレジットなのかLINEなのか、
考えただけでめんどくさくてコストがかかる。
現金のみでええやんけ。


こういう楽になりたい、考えたくない、
がある以上、
「キーボードに複数の選択肢がある」ことに、
抵抗がある人が相当数いると思う。

JISかUSかであんだけ論争してるんだぜ。
バカじゃねえの。
もっと広い目で見れば、
物理配列も論理配列も、数百万通り、数兆通りありえるでしょ。
なんでたった2つの間で喧嘩してるんだ。

それは、人には「統一したい」という欲望があるからだ。
「そのことについていちいち考えたくない」があるからだ。
中国人とか黒人とか白人とか配慮するとコストがかかるから、
「外国人お断り」にしたいのだ。
頭で考えるレベルの多様性の容認と、
自分の身に降りかかるレベルでは、
感情的反応が異なるわけ。


だから仮にOSレベルで新配列が多数選択可能になっても、
「一つに絞ってほしい」ってなる予感がする。

有名な心理実験で、
スーパーでジャムを売るときに、
数種類しか売らないときと、
20種くらい取り揃えて売るときでは、
売上と満足度が大きく違うらしい。

たくさんあるほど満足度があがる、
という直感に反して、
種類が少ない方がよく売れるし、
「私はこれを選んで買った」という満足度が高いそうだ。
選択肢が多くなると、選択するだけの心理コストがあがり、
正解を選ぶ自信がなくなるわけだ。

巨大なホームセンターとかスーパーや図書館に行くと、
品数が膨大すぎて「もういいや」ってなる気持ちは誰しもあるだろう。

これは今で言う「沼」の実験だ。
人は数が多いと迷うし、選択に自信がないし、
自分の選択が間違っていたのではないかと、
他を選択した時の心配をしてしまう。

多くの車のCMは、
初めてそれを見た人に買ってねと訴えるよりも、
すでに買った人に対して、
「これを買ってよかった」と、
安心感を与えるものであるという。
選択肢が間違ってなかったですよ、と訴えるのだ。
だから、初見の人にはどうでもいい、
ラグジュアリーとか歓びみたいなものを訴えるんだよね。
人口減少によってその戦略は間違いであったと気づかなかった、
日産やホンダが今どうなってるかはいうまでもないが、
それはまた別の話。


沼においては、
同担同士の横の絆が、定着をするためのコツであったりする。
なので薙刀式使用者が横で繋がれば、
たぶん薙刀式の未来は磐石かな?

もちろん、僕が新規流入をガンガン増やしていかないとなーとは思う。


話がそれた。

ということで、
人は沼の思考を避けたい。
一つにしてほしい。

そこに「配列には多様性があって……」
となると「やめてくれ」となるのだ。


というわけで、
配列の多様性を浸透させる戦略としては、
絞るのが効果的だと考える。

「qwertyローマ字は効率が悪い。
以下の新配列に変えるべきだ。
候補は3つ。
大西配列、つばめ配列、薙刀式である」
という風にしてしまえば、
思考コスト、心配コストが低くなるわけ。

仮にこれをA群として、
B群、C群があり……
のように階層化してももちろんよく、
そこには新下駄、飛鳥、親指シフト、月、
SKY、Eucalyn、Tomisuke、漢直、
なんらかのステノなどが入ってよいと思う。
posted by おおおかとしひこ at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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