2026年04月12日

映像の授業をしよう

おもしろい題材をTwitterで見たので。

プロとアマの撮る絵の違いの話をする。
牛舎を撮った2枚の写真。
プロのはさすがプロ。アマはアマっぽい。
https://x.com/yukinomoto29/status/2042161890898714943?s=20

専門用語はいくつも使って説明できるが、
実はこの2枚の写真の本質的な違いは、
たった一言で説明できる。

それはなんだろう?
シンキングタイム。


こたえ: フレーミング。

もう少し言及すると、
プロは、撮りたいものとフレーミングが合っている。
アマは、撮りたいものとフレーミングが合っていない。


プロは、牛舎全体を撮っている。
だから光と影を使い、全体を立体的にしているわけだ。

これはライティングの技術が必要だ。
照明をたくならそれなりの大きなライトが複数いるし、
自然光で撮るならこの光になるのは1日10分くらいしかないので、
待つしかない。
何時頃いいかを下見する(ロケハン)のが必要で、
晴れと曇りで光量が違うので、
それぞれに合わせた機材を持ってくる必要がある。
たとえば窓は晴れたら明るすぎるから、
その窓にグレーのフィルタを貼ってるかもしれない。

これは、左側に壁と廊下があり、右側に牛があり、
全体として幸福な光に満ちている、
という「牛舎全体の風景」を撮るための技術である。


一方アマの人は、牛の飼い主だ。
だから牛に愛情がある。
牛も安心した、のんびりした表情をしてるのがおもしろい。
だけどプロの写真にくらべて、
よくある、アマチュアのよくわからない写真になっている。

これは、フレーミングが間違っている。

プロの写真のように、
「牛舎全体を撮りたい」わけではないだろう。
この人は「この牛を撮りたい」と思っているはずだ。
文面からも、牛が汚いなど、牛の心配をしている。

つまりこの人が撮るべきフレーミングはこうだ。
IMG_6664.jpeg

あるいは極端にこうでもよい。
IMG_6664.jpeg

そうしたら、この牛たちの表情に目が行く。
カメラ目線になってて、
なんだか愛情を感じる写真だ。


写真には無前提に、「フレーム」というものがある。
写真の中の世界はここからここまでになってしまう。
この外の世界は存在しないまである。

たとえばエジプトのピラミッドは、
すぐそばにビルや都会やマクドナルドがあるのだが、
観光写真にはそれは映らず、
砂漠と青空と乾いたピラミッドしか映っていない。
「その外の世界をオミットするため」だ。

大好きな彼女や彼氏の写真は、
絶対にアップになる。
好きすぎて「それ以外の世界が見えてない」からだ。

だから牛を撮りたいなら、
もっと舐められるくらい近づいて、
シャッターを押すべきだったんだね。

あるいは上の例のようにトリミング(切り取り)をしてもよい。
「世界に私と牛しかいない」という写真にするべきだったのだ。


フレーミングとは、
「撮りたいものをフレームの中に収める」
という行為であるが、
「撮りたくないものを、フレームから排除する」
という行為でもある。

写真家や画家が、
指で四角をつくりながら構図を決めているのを見たことがあるだろう。
あれはフレームを決めているのだ。
撮りたいものがあるときに、
撮るべきでないものがフレームに入っていないかを確認しているのである。


プロの写真は、牛舎全体を撮るために、
実は排除したものがあるかもしれない。
ここの左に、たとえば机の上にパソコンが置いてあったら、
「牧畜という自然の美しさ」にそぐわないから、
フレームに入れてないかもしれない。
あるいは邪魔な椅子があったら目立つので、
写真を撮る間横にどけたかもしれない。

そのようにして、
フレームの中と外をコントロールするのが、
プロの仕事というものである。


で、
アマは、そのフレーミングと被写体の関係を知らなかったんだね。

ライティング、レンズ、カラコレなど、
映っているものに言及している、
セミプロやハイアマの人たちがいるけれど、
的を射てない。
この人は何を撮りたかったのか、
という写真以前を読み解いていないからだ。


もちろん、このアマの人が、
牛舎全体の雰囲気を美しく撮りたいなら、
光が差し込んでくる早朝まで待ち、
逆光で撮れば、
プロに比肩する写真を撮れると思う。
つまり、
「撮りたいものによって撮り方を変える」
「撮りたいものを決め、撮りたくないものを捨てる」
ことが、
プロの技術といえる。



さて、脚本論に戻そうか。

つまり、
「何を書き、何を書かないか」を決める事が、
フレーミングということだ。

フレームのある芸術はすべてそうである。
音楽は一番高い音から低い音、
最初の音から最後の音までがフレームであり、
調やリズムもフレームだ。

演劇のフレームは舞台だ。そして時間だ。

フレームのない芸術をめざして、
ストリート演劇やストリートバンドがあるんだよね。

あなたのストーリーのフレームは?
そこに何が入ってて、
そこからわざと排除したのはなに?

アマの写真みたいに、
書きたい事以外の余計なことをしてない?
posted by おおおかとしひこ at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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