2026年04月12日

【薙刀式】言葉と運指の単位をあわせること2

「今日は雨が降っていた」の例を、
僕の下手くそなqwertyで打ったらひどかったのでさらす。


KY OU HA AMEG A FUT TE IT A
(9チャンク)

きy おう は あめg あ ふっ て いt あ

という感じ。ひどすぎるw

理想は、
きょうは あめが ふっていた
と3チャンクになることだが、
難しい運指があるので無理だ。

以下、標準運指前提。


KYOUHA

kyがまずしんどい。
からのouの折り返しが難易度をあげる。
uhの人差し指連続も難しい。

なので、ここで全部つっかかり、3チャンクになってしまう。


AMEGA

gaが僕は無理。手首のローリングが必要で、
指をガバッと開かないと打てない。
なので、
AMEG Aか、AME GA
を選ぶことになる。


FUTTEITA

tが僕はそもそも打つのが苦手。
それをttってのがもう難しい。
teも遠くて苦手。
gaが打てないのに、taはもっと無理。
なのでこれが4チャンクになる。


いくらなんでも下手すぎだろというツッコミはあるとして、
これを練習して、

きょう は あめ が ふって いた

の自然な6チャンクにできる気がしなかった。
だから僕はqwertyを捨てた。
一緒に生きようと頑張れるほど、好きじゃなかったからだ。

明治期のような、
決して女から離婚できない社会に比べて、
今は女が自由に離婚を切り出せる。
それが自由というものだ。

自由を知らない、つまり他の配列という選択肢を知らなければ、
理不尽な夫の暴力に耐え続けて死んでしまう、
か弱い妻になっていたことだろう。

下手なものを歯を食いしばって練習することほど辛いことはない。
それが合理的で自然なものであれば、
弱点の克服にモチベがあるけれど、
どう考えても、
一番使うAを一番弱い指で使うことや、
「て」「た」など日本語でキモになる部分を、
打ちにくいT経由になることが解せないし、
主格の格助詞で一番使う「が」が、
打ちにくい運指であることがわからない。

これは変だ、配置が悪いのでは、
と気づいたら、もうこの旦那と暮らす気がしない。
こうして僕は離婚して、荒野に出かけたわけだ。

KYOU HA AME GA FUTTE ITA
って6チャンクで打てる人はいるのかな。
だいぶ練習しないと無理じゃね?

そしてこれはまだ日本語としては不自然で、
3チャンクにするのが自然だ。
そしてこれを3チャンクで打てるのは、
相当でないと無理だと思う。
少なくとも一般では無理で、
専門タイピストレベルの訓練が必要だ。
我流ではたどりつけまい。


何度か僕は道具論を書くけれど、
人を殺す形になっている日本刀は、
とくに使い方を習わなくても、
練習すれば人を殺す動きに収束する形をしている。
これが理想的な道具だ。
これは莫大な淘汰があったから、
一番マシなやつが残っただけである。

qwertyローマ字はそうなっていない。
普及のために固定され、
それがいかなるものであろうと変更はできなかった。
(JISカナへの切り替え、および元に戻る操作の、
周知徹底はされていない。
ためしにその辺のOLちゃんに聞いても、
100人のうち1人知ってれば御の字だろう)

qwertyローマ字は日本語を書く形をしていない。
だから糞道具である。
淘汰の試練を与えるべきだ。


さて薙刀式と比較するか。
僕は慣れているから、

きょうは あめが ふっていた

(WI)LC J【S】(FJ) 【;】GEKN

と3チャンクで打つけれど、
もう少し初心者レベルで比較しても、

きょう は あめ が ふって いた

(WI)L C J【S】 (FJ) 【;】GE KN

と6チャンクで打つことは容易であろう。
シフト操作を全角文字で表記して、
シフトの困難さを織り込んでいる。

KYOU HA AME GA FUTTE ITA

と同じ6チャンクのqwerty全角文字で比べれば、
操作自体の難易度は高いかもしれない。
しかしシフト以外の中身の指の動きに関しては、
薙刀式の方がはるかに楽だ。

WIL C JS F ;GEKN

だからね。

同時打鍵が苦手で……という人は、
おそらくqwertyの「難易度の高い指の動きができる人」
なのだと想像する。
この難易度をこなすには、
シフト操作を併用してる余裕はないのだと。

だが薙刀式は、シフト操作という別の難易度があるかわりに、
文字自体の運指はあまりにも簡単だ。
中央指多めだし。

これゆえに、
シフト操作さえできれば、
圧倒的に楽に3チャンクに辿りつける、
という、
別のルートから登っている感覚なのだ。


もちろんシフト操作ルートを辿らずに、
左右母子分離して楽な運指に限る、
大西配列のようなルートもありえる。

どのルートが好きか、向いてるかは人によるだろう。



不合理に耐えて、
6チャンク程度にqwertyを打てるようになった人は、
たぶん新配列をやる必要はないかもしれない。
だけど使い続けて、
3チャンクにたどり着けそうにないなら、
あるいは指のゆがみに疲労がたまるなら、
離縁して新配列なる新郎を探すべきだろう。

僕は、
そんな我慢をこれからの世代はする必要がないんじゃない?
旦那の理不尽に耐えて離婚しない時代を、
前世紀のものにしようぜ、
ということを主張している。

頑張って離婚しなかった、
コンコルド効果のある人たちの声は無視して、
辛い人は耐える意味がないよと訴えたい。


とくに僕はqwertyローマ字が下手な側にいるので、
特別憎む気持ちが強い。

下手な人はこっちこいよ、我慢しなくていいんだよ。
さっさと昭和の闇は終わらせようぜ。
日本語を日本語のように書けなくて、
何が文房具だよ。
posted by おおおかとしひこ at 19:19| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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