メモしておく。
そういえば日本語の50音順は、
もともとサンスクリット語の分類の影響だよな、
なんでこの順なんだっけ
↓
母音、子音とも、
喉の奥から唇へ、奥から手前の順で並べられている
へー
(日本語はその限りではない。よく使うkが子音一番手)
↓
中国の辞書順はどうなってんの?
仏教経由したでしょ?
現在はピンインのアルファベット順、
18世紀の康熙字典で整理された部首・画数順の辞書も伝統的にある。
読みが分からない場合、ピンイン辞書の後ろに索引としてもあるらしい
へー
漢より前の古代辞書、
『爾雅』などは、「天文」「地質」「植物」といった意味のカテゴリで並んだ
へー、図書館のカテゴリわけみたいなことか
雪華と同じアイデアだ
↓
18世紀後半、イギリスのウィリアム・ジョーンズが、
サンスクリット語の高度な文法と体系的な辞書順(音韻配列)
に感銘を受け、ヨーロッパの言語(ギリシャ語、ラテン語など)
との共通性を指摘、
これがインド・ヨーロッパ祖語という概念を生み、
近代言語学のはじまりとなった
↓
まじで?
ゆる言語学ラジオとかで東西に別れたものが、
いま再会してるの?
ほえー
人間の口の構造はそう変わらないから、
同じ音で整理できるはず、
というのはIPAなどで知っていたし、
それを利用したかぷ配列はすげえと思ったんだけど、
なんか色々繋がってるんだなー。
日本語の歌詞は、
子音と母音が1個ずつしか取れないので、
音数を合わせるだけで精一杯だが、
英語の歌詞は、
子音が複数取れて母音の後にも子音が取れるため、
一音あたりの情報量が多い、
逆に日本の歌詞は隙間が多く想像させるようにつくられている、
という話を聞いたことがある。
だから歌謡曲や和歌は物語的で、
歌い手は別に歌の中の人と別の人でも良い、
というルールだが、
逆に英語の歌って、歌手本人の具体的な話じゃないと、
受け入れられないんですって。
つまり、音の少ない日本語は想像できる物語、
音の多い英語は具体的なドキュメンタリー、
という違いがあるそうだ。
でもそれだと英語ではなんでもありになってしまうので、
韻文たる制限で、韻を踏むがあるらしい。
フレーズの切れ目を韻で判断するんだそうだ。
つまり、
日本語の歌詞を書く時は、
なるべく情報を削り、
誰もが投影できる簡単なものに限り、
共通する何かを使うことで共感を呼ぶことが創作なのだが、
英語の詩を書く時は、
自分のドキュメンタリーを、
いかに韻を踏んでつくるかが創作なのだそう。
ほえー。
コロナ前に新橋の公園で、
サラリーマンたちが即興でラップバトルをやってる、
新橋サイファーをよく見かけたが、
彼らは日々の不満を韻を踏みながら歌っていた。
それって英語歌詞の伝統なのかー。
同じところから影響を受けていても、
まったく違う文化に結実してるのがおもしろいなー。
なので、
言語のそうした独自の感覚をつむぐのに、
それを考慮してない道具はやっぱおかしい。
英語の韻を踏みやすい道具ってなんだ?
やっぱ左右母指分離はそうだろう。
韻を踏む時はかならず右手(または左手)ってなってたら、
書きやすそうだ。
二重母音や二重子音がアルペジオで取れるのがいいだろう。
となると日本語を書きやすい道具は、
拍と動作のテンポが一致する、
1モーラ1アクションの配列ってことになるか。
あとは微妙な差異をつけやすい配列(どんな?)は、
必須だね。
別置系に違和感があるのはここかもね。
などと考えたのでメモしておく。
2026年04月14日
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