楽勝のものは困難がない。
そして、ただ物理的に困難なものは頑張ればいい。
それだけだと「大変だなー」で終わってしまう。
物語になるのは、
その主人公の存在が揺らぐような、
精神の平衡が崩れるものだ。
分りやすいのは弱点の存在だ。
単純にピーマンが食べれないとか、
そういうものではない。
人にやさしくできないとか、
女と話せないとか、そういう人間的なやつだ。
でも実はそこにはもっと根深い問題があって、
人に優しくできないやつは、
他人から優しくされたことがなかったことが原因であるとか、
女と話せないのは、母親との関係に問題があったり、
ひどい女と付き合って不信になっているとかだ。
そしてそれを克服しなければ、
問題が解決しないように仕込むのが、
ドラマというものである。
人間的な弱点を克服するドラマをつくればいいのだ。
ひどい環境で育って、他人から優しくされて、
なんでそんなに人間を信じられるのかを知り、
相手を信頼したときに、
初めて他人に優しくできるようになった、
という話をつくると、
それがオリジナリティがあれば感動的だ。
他人を殺すしかない怪物が、
そうやって人の心を得る話は、
古今東西たくさんあるだろう。
そしてそれが化け物の話なのではなく、
実は人間の話なのだ、
となるのが物語である。
(人間は誰しもそういうところがある。だから感情移入できるのだ。
物語とは、その部分を、
突出して異常に描くことで、
今回はその部分を中心に描きますよ、
ということなのである)
母親との関係が最悪で、
女と話せない男がいたら、
母親との和解、下手したら殺す話をつくればいい。
最初は殺そうということになるのだが、
殺してしまったら、二度と和解できなくなる、
みたいに逆転するようにつくってもよい。
弱点を克服しなければ、
Aストーリーが前に進めないようにつくるのが、
上手なAストーリーと個人的なBストーリーの絡め方だ。
たとえば、
閉じ込められてしまい、
協力しないと出れない、みたいな状況をつくり、
最初は一人でなんとかしようとし、
相手を信用できないからということで喧嘩しあって、
そのうち信用するしかない、みたいな話をつくればよい。
一回裏切ろうとするが、
実は信用していたのだ、みたいなひっかけをつくっても良いだろう。
その協力のしあいが、
Aストーリーの進展、たとえば脱出して局面を打開する、
みたいになると、
AとBが絡むことになるわけだ。
こうやって、弱点をさらし、
次に進むために必要であるように組むとよい。
もっと存在を揺らがせてもよい。
弱点ゆえに、
精神的に死にそうになり、
もうこのままでは人生立ち行かないまで、
底に沈めてもよい。
大逆転するには、
そのことに向き合うしかない、
という状況に自然に追い込むことで、
一番触れたくないトラウマに触れることになるだろう。
弱点を見せる人に、
人は感情移入する。
最強で完璧な超人は、
一般的には尊敬の的になるが、
感情移入して、あいつは俺だと思うことは少ない。
(だって多くの人は最強でも完璧でも超人でもないからで、
そういう人が映画を見るからだ)
普段は普通なりすごいなりなのだが、
今回起こったこの件に関してだけは、
存在がゆらぎ、
最悪の触れたくないところに触れないと、
話が進まないようにすると、
その物語はその人にとって特別なケースになり、
我々にとっては、
人間が弱点を克服する、
感情移入に値するものになるであろう。
たとえば、
「ルパン三世カリオストロの城」は、
単なる偽札事件ではなくて、
「昔一人でやってたころ、到達できなかったもの」
であることがわかる。
ルパンにとって過去のトラウマに触れることになるわけだ。
そのときに助けてくれた人クラリスと、
今回は淡い恋仲になり、
個人的な弱点をさらすことになるわけだ。
だから、
弱点の克服のない、
普段のレギュラー話とは一線を画す、
「映画的物語」として価値があるわけ。
あなたのストーリーに、
「映画的ななにかが足りない」と思うならば、
この要素がうまく機能していない可能性が高い。
どん底まで叩き込まれろ。
そして一番自分の触れたくない部分に触れろ。
それを、
正面から見据えて、
克服するのだ。
そういうことが、
ストーリーの必然性として出てくるようにつくると、
無理もご都合もなくなるだろう。
むしろ、そのうまさが名作の条件まであるのではないだろうか。
怖い。震える。膝ががくがくする。
逃げ出したい。家に帰りたい。
その恐怖を克服する勇気に、
人は魅入られるのだと思う。
2026年06月01日
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