2026年04月25日

【薙刀式】qwertyタイパーは創作文がつらくないのだろうか

競技タイパーはqwertyを極めている。
ロールオーバーで基本打ち、
指が足りなくなる所まで無意識に打てるように訓練されている。
切れ目が来るのはロールオーバーの切れ目である。(仮説)
もちろん、すべての組み合わせをマスターしているわけではなくて、
個人差はあろう。

でも、だからこそ、
タイパーは創作文が苦手なのでは?と思う。


タイパーがあれだけタイピングが速いのに、
なんでいろんな文章を書かないのだろう?
という素朴な疑問がある。

言語化がうまくないから、脳が足りないから、
などと自虐するタイパーはいるけど、
ないならないなりに書けばいいのに、と僕は思ってしまう。
僕に彼らの能力があれば、
今の3倍くらい(理論値)ブログを書けるのにねえ。
もったいない。


で、書かないのは、
脳が書けないんじゃなくて、
qwertyのせいでは?
という仮説を述べてみる。


qwertyローマ字は、
日本語の自然な切れ目とは異なるところに、
打鍵の切れ目がある。

「きょうは」「あめが」「ふっていた」
と日本語で書きたいときに、
「きょ」「うは」「あめg」「あふっ」「てい」「た」
と区切らなければならない配列である、
ということだ。

これを「きょうは」「あめが」「ふっていた」
と書きたいなら、
「きょうは」で1回無理をしてつなぐ、
「あめが」で1回無理をしてつなぐ、
つなげる運指を1回無理やり切る、
「ふっていた」で2回無理をしてつなぐ、
という動作が必要で、
つまり5回もノイズが入る文になるわけだ。

そして、大きな切れ目として、
「きょうは」「あめが」「ふっていた」と、
2回自然な文節切れ目をいれないと日本語としては不自然なのだが、
5回の切れ目のうち2回は大きな切れ目にしなければならない、
というノイズも追加される。

つまり、
簡単な日本語であったとしても、
意味との乖離のノイズが走りまくる。

どんなに無意識に指が動くとしても、
あることを書こうとするときに、
これだけノイズが走って、
思考が影響を受けないわけはない。
簡単なことですらこれだ。
もっと複雑で深い事を書く時に、
邪魔にならないのだろうか?

「いや、指と脳は独立ですよ」なわけがないと思うんよな。
もし独立であれば、
2000や3500字(変換後)/10分ぐらいの、
競技速度で作文をしてほしい。

そうでないには何かしらの理由があり、
それは「脳が考える速度が遅い」だけでは説明がつかないと思うんだよね。
だってしゃべるのはできるでしょ?って思うので。

どんなときも「あ……あ……」みたいなカオナシになるわけではないだろう。
ふつうに世間話や好きなことでしゃべるならば、
3000ペースでしゃべれるはずなんだ。
ちょっとゆっくり目でも2000くらいでしょ。

にもかかわらず、
2000以上の創作文打鍵動画が存在しないことで、
「しゃべるレベルでタイピングできないのはなぜか?」
という謎が残ることになる。

僕はその原因が、
qwertyだと考える。


だってノイズが多いもの。
脳で考えたいときにノイズを制御しないと、
「きょうは」「あめが」「ふっていた」と打てない配列だもの。

これで不自然に打つか、
自然に打つように制御しなおすかのどちらでも、
脳が自然に考えることにノイズがあるのではないか、
というのが僕の仮説だ。


競技的に作文を打つとしたら、
文章は不自然な構造でつづられるので、
文の先はよれていくと思う。

日本語として自然に打つなら、
切れ目をつくるために指が待つ必要があるため、
競技速度よりはるかに遅くしか書けないと思う。
(たのんさんが1700程度しか打てなかったことが、この傍証。
多数の検証をしたいので、
タイパーのみなさまにおかれましては、
自分の自由文の動画を10分以上撮影して、
実際の速度を検証したいです)

これは「自由文を書くには考える脳が遅いから」とか、
「言語化が下手だから」とかの、
文章力そのものの問題ではなくて、
「不自然なqwertyを自然にするためにかまけている手間」
のファクターがあるんじゃないか、
という説だ。

そして、そここそが、
僕がqwertyを、日本語で自然な文章を書く道具として、
批判したいところだ。

なぜなら、
薙刀式では、
「きょうは」「あめが」「ふっていた」を、
分節の切れ目で打つことは、
一番簡単に出来ることだからだ。

ロールオーバーの切れ目ではなく、
たいして訓練していない指が、
連続で動きやすいところと止まりがちなところで、
言葉がつながりやすいところと、
文節の切れ目に対応している、
という意味で、
「自然に打てる」という原理になっている。


これに配慮した論理配列はあまりなく、
これが意味論的配列ということだ。
薙刀式が一番これを考えていて、
次に飛鳥、メジロ式、といったところだろうか。

メジロ式は速記系であり、
色々な同時押しで文節を一気に出す短縮入力がメインになるかもしれない。
そのへん、自由文の打鍵動画がないので、
想像で語っているけれど。


つまり、
コピー打鍵は速いのに、
創作文が遅い配列って、
脳や作文能力のせいではなくて、
そもそも創作文が向いていない配列なんじゃね?
という疑いを僕は持っているわけだ。

文節の切れ目で指の切れ目が来なくて、
違うところで切れ目が来やすいなら、
それは日本語の動きに指の動きがあっていないんですもの。
違うダンスを踊っていると思う。


いや、別に行けますよ、
というタイパーの方は、
ぜひ2000以上のペースで、
20分くらいは書いてほしい。
4000字くらい書くことあるでしょ。
ブログ2記事ぶんを一気に書けばいいだけだ。

なぜコピー打鍵でそれが出来て、
創作文、自由文、作文で、
それが出来ないのかの理由は、
全然明らかになっていない。

脳や言語化能力のせいじゃない。
きっと配列が悪いんだ。


(2000以上の自由文動画がばんばん出てきたら、
この考えを改めることになる)
posted by おおおかとしひこ at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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