競技タイピングは何に似てるだろうと考えると、
近隣概念に音ゲーがあるなと気づく。
タイパーの中にも音ゲーマー結構いた事を思い出す。
ふたつの共通する本質は、
トレースゲームであることか。
音ゲーは、
譜面の通り演奏できるかを競う。
正確性、タイミング勝負だ。
競技タイピングは、
総合速度であればよい。
テンポは無視できて、
なるべく速く正確に打てればよい。
テンポという要素を除けば、
どちらも譜面トレースゲームだ。
音楽の世界では、
演奏家と作曲家がいるのだそうだ。
演奏家は作曲ができないし、
作曲家は演奏家ほどうまくない。
両者はトレードオフではなく、
共通部分にいる人もいるらしい。
ただ演奏専門家は、決して作曲できないという。
タイパーと普通に文章を書く人の関係は、
この演奏家と作曲家の関係に似ている。
演奏専門家はトレースゲーマーだ。
アドリブはできないが、
台本を渡せば完璧に演じる役者にも似ている。
qwertyローマ字は、
トレースゲームにおいて今のところ最強の配列だ。
同時に、作曲家には向いてない道具だと思う。
僕は、作曲するための道具がほしいのだが、
タイピングでググるとトレースゲームの話ばかりが出てくる。
競技タイピングという名前がわるい。
あるいは、タイピングという言葉が悪い。
タイピングはあくまで手段の名前であるが、
目的が演奏なのか作曲なのかで、
全然話が変わってくる。
僕は、作曲したいのであり、
トレースゲームをしたいのではない。
タイピングという言葉に、
目的の二重性がかさなっているようだ。
「競技タイピング」のなかに、
「1時間で、感動させる5000字の話を書く」
などの競技があればよいのだが、
競技タイピングはつねにトレースゲームのようだ。
タイピングの用途のうち、
実に狭義のタイピングしか競っていない。
狭義タイピング競技でいいんじゃないか。
ダジャレを避けるなら、
コピータイピング競技と、意味を限定するべきだね。
タイピングレーサーと呼ばず、
タイピングトレーサーと呼んでもいいんじゃないか。
まただじゃれか。
トレースが上手な人が絵が上手いわけではないのは、
佐野研二郎を見てもあきらかだ。
江口寿史みたいな間の人もいるけどね。
まとめてぜんぶ、「トレーシング」という競技名にしてもいいのかな?
とりあえず競技タイピングは、
トレーシング・タイプ部門だ。
ちなみに、
創作者の間でもトレーシングをすることはある。
模写してその人の技を研究するためだ。
普段では気づかない一番細かい粒度でトレーシングすることで、
その人の技術を丸裸にしようとするときに、
模写をよくする。
それ以外でトレーシングをすることはないと思う。
つまり練習としてのトレーシングだね。
だから初期の頃には模写や物真似がたくさんある。
守破離でいうところの、離れてからが創作者だから、
守破をするためにトレーシングする、
という勉強法の一種だよな。
佐野研二郎は悪意のあるトレーシングで金を稼いでいたけど。
目的が違うといえばそれまでだが、
それだと思考停止してしまう。
トレーシングにqwertyローマ字が有効なのは、
タイパーたちが証明している。
トレーシングに薙刀式がたいして強くないことも、
僕の限界値を見ればわかる。
そして、
創作文に薙刀式が強いことは少なくとも僕が証明していて、
創作文にqwertyローマ字が向かないことも、
僕が議論していることだ。
qwertyローマ字で創作文が書ける人がいるならば、
その様子をガン見したいので、
ぜひ動画をアップしてください。
創作文というと小説とか文学をイメージするけど、
日記とかエッセイとか仕事メールも創作文。
コピータイピングの反対概念なので。
競技タイピングは、
トレーシング部門と、
創作部門がある。
そうなってたら、誤解を避けられてよかったのに。
競技タイピング創作部門、
採点側が大変そうだけど。
「タイピング」の目的はなにか?
自分の意思を示したり、伝達したり、
あるいはもっと長い論文を書いたり、
フィクションを書くことだろう。
トレーシングする人は、
速記者、清書者に限られる。
つまり、
現在の「競技タイピング」は、
「競技速記」と言い換えるべきだろう。
速記技術としてのqwertyローマ字ならば、
新配列の創作タイピングと、
議論を分けられそうだなあ。
競技速記という目的ならば、
標準配列だけで大会をやる意味は少なそうだ。
ステノワード、自作キーボード、音声入力、
手書き速記+カメラ認識なども、
解禁して、
あらゆる速記の方法でバトルすればいいのに。
2026年04月27日
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