2026年05月05日

【薙刀式】ビジュアルシンカーの世界2

さらにゆる言語学ラジオを引用する。
そうか、こういう風に言うと僕の中の世界は伝わるのかー、という感じ。
大体この人のような思考を僕はしている。
https://m.youtube.com/watch?v=TQGekCftU1A&pp=ugUEEgJqYQ%3D%3D


で、言語化という点でいうと、
ラクダエンさん:
> (大岡は)構造を考え終わってから構造を書いている

構造は絵なので、
まさにこれからやろうとすることの「絵を描く」をしている。
比喩ではなく具体としてやっているということだね。

空気としてつかめる、書けそうという感覚には、
この空気に構造があると感じたときだ。
具体的に言語でいうとこういうこと、
の前に絵は描かれているという感じだな。

で、その絵を芋づる式に言語の形に翻訳していくのが、
手という場だ。

その手が使う道具として、
qwertyローマ字は劣悪な道具だと感じたので、
良い道具をつくってきたのがここ十年の出来事ということか。

「絵から言語化しやすい」条件で、
キーボードをとらえ直している、
という感じかな。



そのためには、
まず1モーラ1アクションで、
「最小手数」になるのがいいわけだ。
手数が多いと言語化が遅れてしまう感覚になる。
あとは線でとらえられると、
ことばが図になるので、
図から図への変換になって、
より楽になるというのもあるかもね。

線で捉えるためには、
左右交互よりも片手アルペジオのほうが線っぽくなるので、
だから薙刀式は片手アルペジオをかなり使う。
そして、確率的な連接よりも、
よりことばをストレートに表すアルペジオが、
採用されているわけだ(意味論的な配列)。

機能キーが近いというのも重要で、
機能も言語化の一部なのでそれも最適化するべき、
という感覚かもしれない。
エンターやBSやカーソルを使わずに言語化できるならいらないが、
使うなら最適な位置にあるべきだろうといううことだ。

空間的な配置も重要で、
つなぎは左、とどめは右、という空間的な役割を分けていることで、
より線を描きやすくなっていると思われる。

あるいはテンポも線のタッチみたいなものだから、
どこで減速するべきかを計算に入れるべきであり、
構造をつくるところ(句読点、助詞助動詞、活用形など)でシフトや同時打鍵をいれて、
半拍遅らせて考えをいったん整理する、
というブレーキ打鍵もそれに該当するね。

これらは、
単に僕が使いにくいと思ったところを改良して、
ほしいものを採用してきただけなのだが、
結果的に、
図である思考をなるべくスムーズに言語化していく、
ということに寄与している気がする。



ふうむ。
ビジュアルシンカーがどうやって言語化をしていくのか、
そのタイピングはどうなっているのか、
という最前線がここだったりしてね。


というわけで、
qwertyローマ字は糞だ。
正確にいうと、まっっっったく合わない人種が、
少数派いて、そういう人にはクソだ。

ビジュアルシンカーはもっと違う配列を使え。
合理的であるかどうかはもはやどうでもいいかもしれない。
ビジュアルシンキングを言語化しやすい配列を使え、
ということになるかもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 18:29| Comment(4) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ちなみに、絵を描くときには、構造を出力することによって脳内の直感的思考にフィードバックがあって、リアルタイムに変わっていくんじゃないかと思うんですけどどうですか?
逆に、書くことによってはフィードバックが(実感できるほど)なくて、規定の(直感的)終着点へ向かって進めていくんじゃないかと想像してますが
つまり、僕が書きながらリアルタイムにプロット修正していく感じが、大岡さんは描く場合にはあるんじゃないかと
Posted by ラクダエン at 2026年05月06日 21:09
>ラクダエンさん

絵を描くのも2種類あって、
最初にざっと下書き(デッサン)やるときと、
アドリブのときです。
前者はそれをやってるときにすでに構造化が終わってて、
後者は描くことがフィードバックして次に影響します。

後者で描けるのは限界があって、
簡単な絵までです。長時間やるとデッサンが狂う。
複雑なやつはデッサンしてからになりますね。

デッサンの時はいくつものアイデアを試すので、
何かを描いたら次に描く事が変わる、はありえます。
手癖でぐねぐねやって、なんとなく描けるなー、
というのはこんなときかな。

絵に関しては大体写真記憶があるから、
デッサンレベルで何かを参照することはないですかねー。
頭の中で3Dモデルを動かしてぐねぐねやってます。

これは書く時も大体感覚として同じかもしれない。
物語は4Dだからややこしい。

ただ、絵も文も、
細かいディテールは、
かきながらフィードバックに影響されてる気がします。
(なので脱線もよくある)
Posted by おおおかとしひこ at 2026年05月06日 22:03
はいはいはいはい、なるほどぉー。つまり、絵でも文章でも出力によってモデルを動かすことはできて、ただしモデルそのものの変化はあんまりない感じですかね? 見る角度によって写像は変化するけど、それはモデルの変化ではないみたいな。
Posted by ラクダエン at 2026年05月06日 22:11
>ラクダエンさん

大体そんな感じです。
その範囲ではぐるぐるできそう。

ただモデルの根本的変更、たとえば腕が3本になる、
などしたら、最初から組み直しになることが多いですね。
Posted by おおおかとしひこ at 2026年05月06日 22:39
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