よくある。
薙刀式のカナの流れはかなりいいと思っている。
とくにメジャーな言葉ほど打ちやすくなっている。
そして、ワンショット漢直は、
そのカナから始まる漢字なので、
だいぶ運指が被る。
なので、
あー、今漢直で行けたのに、カナから打ってしまったー、
という後悔?がちょいちょいある。
なんなんだろうね。これ。
わざわざカナ部分をBSして、
漢字で打ち直したりね。
気分の問題。
気にせず変換したほうが、いま速いのに。
なんか気持ち悪いんだろうなー。
その漢字は漢直で書けるのだから、
すべてのその漢字は漢直で行くべきだ、
みたいな変な潔癖症が出来ている気がする。
あるいは、
同じ概念なのに、
カナから行くのと漢字から行くのとの、
二通りあることが許せないのかもしれない。
意味の一意性に反するというか、
同じ意味のときは同じ書き方にするべきというか。
手書きなら、
同じ意味ならば、
フォントや大きさまでそろえて、
そういう気分です、を伝えることがある。
たとえば「切」は刃物で切るときは、
大げさで大きく「切」になるが、
「大切」「切々と」「切ない」などのときは、
せつなく細く小さく書くと思う。
ある「切る」は大きく書くが、
別の「切る」は「切々と」のような「切」にするかもだ。
ということで、
同じ意味のときは同じ書き方をしたい、
という欲望があると考えられる。
デジタル文字なのに書き分けたい、
という欲望かな?
非合理といえば非合理なんだけど、
そこには何かしらの文字以上の何かがあって、
そこをくみ取りたいんだろうなー。
僕は脳内発声がないから、
アクセントやイントネーションまで文字に込めたいとは思わないが、
それをやりたいという人もいるだろうなあ。
ブログとかの大文字強調やイタリックとかも、
それをなんとかしようとした工夫なんだろう。
T-codeとかなら、
ひらがなはあんまり優秀じゃないがゆえに、
こういう悩みが少なさそう。
2打漢字と2打カナなら、そりゃ漢字を使いたくなる、
わざと漢字を使うように設計されているまである。
カナが軽い薙刀式ならではの、
贅沢な悩みかな?
部分漢直の宿命なのかも知れないし、
学習初期の混ざっている状況だからこその悩みかもしれない。
2026年05月23日
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