2026年05月17日

【脚本添削SP2026】3: テーマとストーリー

このストーリーには、テーマらしいテーマがあったでしょうか。
ログラインをまず確認してみましょう。


タイトル「いじめっこ矯正カラテ道」
ログライン
 東京人ギライの大阪人いじめっこが、
 東京人のいじめられっこに空手で弟子入りし、
 大会で勝つ話

ログラインの前にタイトルが気になりました。
いじめっ子-いじめられっ子だったっけ?

大元でやりたかったことってなんだろう?
って疑問が出ます。

「いじめっ子といじめられっ子が、
逆転すると面白いだろう、
逆に空手を習うというのはどうだろう」
というのがコアになっていると考えられます。

いけいけどんどんの主役が、
逆説的な状況に入って、
それをうまく抜け出す話、
が面白そうだ、
というのが大枠の形でしょう。


うーん、そうなってたかなあ?
そして、そうだったとして、
何が面白いんだろう?
逆境を空手の修行で克服はしたものの、
おそらく主人公は変化しないでしょう。

その空手の特訓を通じて何を得たのか、
その変化がテーマになるはずです。

つまり、主人公はこの物語を通じて変化する計画が、
立てられていないのでは?
初段取って大会には勝ったけど、
それが友情を得た事になるかな?
いじめ-いじめられの関係が友情に変化していく、
その過程(初段を取るための修行)がまるごと飛んでたしね。

師匠って呼びさえすればそれでおしまい、
というような浅い関係性に見えます。


変化する過程に、
テーマが隠されているはずです。

いじめっ子から、何に変化するのか。
東京ギライから、何に変化するのか。
空手を習って、何に変化するのか。

ラストシーンから見えることは、
いじめっ子(そうか?)から、友情を得た(?)、
東京ギライは、なくなった(?)、
じゃあ、空手を習ってただ強くなっただけ?

設定はあるものの、
変化が強く示唆できていません。
そして、その理由、変化した経緯は、
よく分っていません。
なんか急に段が取れて、急に試合になってる。
昇段試験要素はなくてもよかったのでは?


たとえば、
形が美しいから、というのがさと子のものにありますが、
ワイルド空手が美しく変化した、
ということにはなっていません。

ワイルド空手がいじめの象徴にもなっていないし、
東京ギライがワイルドや美の逆でもないし、
最終的な組手は美に昇華したわけでもないです。

つまり、ヒビキは、さと子から影響を受けていないのです。

彼女の価値観がぐらつき、
さと子の影響を受けて、
よりよい方向へ変化すると、それがテーマになります。

おそらく、さと子も同様に、
ヒビキの影響を受けて性格が変化し、
組手に変化が出てくるはずです。
それが良い影響を与え合った結果である、
となるから、
物語は尊いのだと思います。



おそらくこれは友情ものであり、
引いた目から見たら、
百合ものになるかもしれません。

苦手な分野だけどまあできないこともないか。
人間同士の友情として解釈すればいけるか。


ワイルドと美。

そこまで一回キャラクターを捨象しますか。
いじめっ子といじめられっ子じゃなかったし。


たとえばヒビキがいじめっ子で、
転校生さと子を積極的にいじめのターゲットとして、
殴っても蹴っても抵抗しないから、
おもんないわと飽きたあと、
空手道場に彼女がやってきて、
強いと分ったときに、
「なんで抵抗しなかったんだよ」とヒビキが言ったら、
彼女は「抵抗するのは、美しくないので」
と言っても良いはず。

彼女なりの美学があって、
それにヒビキは影響されなければ、
ドラマとは言えない。

「は? 意味分かんね、強いほうが強いだろ」
と組手をやって、
何度やっても勝てない。
「なぜかわかりますか、形をやってないからでしょう?」
と彼女に言われてもいいはず。
「形なんて何の役に立つんだよ、組手と関係ないじゃん」
に対して、
彼女の答えが、
彼女の美学の中心となる哲学でしょう。

たとえば、
「形は先人の残した理想の状態で、
現実はごちゃごちゃ汚いから、
理想の状態が分れば、
現実を整理できるから」
となれば、
彼女なりの形と美を結ぶ、オリジナリティになると思います。

ということは、
彼女はボサボサの髪ではなくて、
ものすごい綺麗に髪を整えている、
美学の人、という方が変化を描きやすいです。

さと子がヒビキに影響を受けて、
多少ワイルドになる、
という象徴に、髪が乱れても戦う、
みたいなことがあってもいいと思います。

ヒビキだけが変化してもドラマではないです。
人間というのは影響を与え合うものです。
とくに二人が重要な話では、
どのように影響を与え合うかがドラマになるでしょう。

となると、
変化のありかたがテーマになって来るのではないでしょうか。



世の中はなんでもありと思っていたヒビキが、
機能美という概念を知り、
世界の美しさに目覚める話

とでも出来るかもしれないです。
世界の美しさに目覚めるには、
雨が降ったあとの虹を二人で見て、
世界は美しいと確認するシーンなんかがあると、
エモくなるかもしれないです。


そうするとタイトルは変わってくる。
「ワイルド空手とビューティフル空手」
と仮にタイトルをつけておきますか。

次回。
posted by おおおかとしひこ at 08:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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