2026年05月20日

【脚本添削SP2026】6: リライト版「私の一番きれいな空手」

ということで、換骨奪胎くらいの勢いで、
リライトしてみました。
私の一番きれいな空手.pdf

元と見比べてみてください。
いじめっこ矯正カラテ道.pdf


テーマの際立ち方が一番違うのではないでしょうか。
何のためにこの話があるんだっけ?
というのが一番違いますかね。

元だと、「転校生と仲良くなった話」くらいの規模であったものが、
リライト版では、
「新しい価値観を見つけた話」くらいに変わっています。
そしてその象徴はさと子の空手であり、
それを取り入れた自分です。

(パッサイ(またはバッサイ)はたしか手刀中心の形だと思うんだけど、
セイエンチンでもいいんだっけ。
白鶴拳的な、掛け手からの手刀を使いたいんだけど。
伝統空手詳しい人フォローください。
実はここを嘘ついて架空の流派にしてしまうという手も、
実制作上ではあったりする)


いじめっ子、いじめられっ子という要素はなくしました。
あまり機能しているとは思えなかったので。

真剣にいじめを描くと、
何がいじめられっ子にとってゴールなのか、
良く分らなくなるんですよね。
いじめっ子が交通事故にでもあって死ぬのが一番いいんじゃないか、
とすら思ってしまう。
なので、そういう暗い部分に触れずに、
いじめという事自体をなくしました。

(元原稿のラスト、
「師匠」「そういうの、やめてください」というのが、
いじめ-いじめられの関係性の昇華か?と言われても微妙な気がする。
文字面だけみたらまだいじめてるようにも見えるな。
イジリといじめの間に見えてしまう)


元原稿の、
東京モンは嫌い、という大阪人の性質を生かして、
そこは反発をつくっています。

単にそれだけだと弱いので、
「東京者の若い女に父を取られた」設定としました。
義父の設定は面倒なのでなくして、
さと子の空手への思いは、
美しいことが強いこと、
という「体の元々の弱さからきている」ことにしました。

こうすると、男がらみを減らせる
(ここにいない人の話になり、今ここにいる人たちだけで話を進行できる)
ので、女同士の濃厚な何かを描けるのかなー、
と思った次第です。

登場人物表を見て分るとおり、
ヒビキ、さと子、涼子(ヒビキの母。名前がなかったので勝手に設定)
の3人しかメインどころはいません。
どころか、涼子はほぼ説明役にしかすぎず、
メインは2人に絞った、
という極端な脚本になっています。

その代わり、
二人の濃厚な、
屋上での組手を通じた会話、
弁当のエピソード、
秘密の共有、
虹を見た瞬間など、
中盤をとても分厚くして、
少しずつ彼女たちの心が接近していくように、
描いています。

「いじめっ子がいじめられっ子から空手を習う」
という当初のストーリーでは、
これくらいの濃さが、
いじめ-いじめられ、という関係性に必要だったと思えます。

しかしまったくその要素が描かれていなかったので、
なかったも同然と思えました。
もし「いじめ」というモチーフを使うならば、
今回の関係の進展くらい、
濃い関係性が、いじめっ子といじめられっ子の間に必要だったと思います。

つまり、設定したものの、
その設定を生かせなかった、
設定倒れだった、と元原稿は言えると思います。

そうそう、
もとのログラインは、「大会に勝つ話」でした。
でも設定からは、
「いじめをやめる話」「いじめから友情に変わる話」
が期待されたはず。
大会はあくまで結果であり過程ではないはず。




さて。
元原稿はなぜか漫画っぽくて、
リライト版は、なぜか実写映画っぽい感覚があります。
なんででしょう?

そのことについて、次回議論しましょうか。
posted by おおおかとしひこ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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