2026年05月24日

【薙刀式】qwertyローマ字から薙刀式に変えると、どう解呪されるか

「qwertyローマ字の呪縛からの解呪」
という表現がおもしろかったので、
僕なりに整理してみる。

呪いは、解けた時に初めて、
「あれは呪いだったのか」と初めてわかる。

もし冷たい弁当しか食べたことのない人が、
暖かい飯を食ったら、うまくて涙が出るだろう。
冷たい弁当は当たり前じゃなかったんだ、
と初めて気づくと思う。


・小指が痛くなくなる

・ホームポジションから動かなくて、
 身体に軸ができて、
 中心と辺縁という意識ができる

・すぐにBSできるので、
 書く事にためらいがなくなり、
 ほとばしりをそのまま書ける、
 つまり言葉が生き生きする

・こんなこと書いたらダメかなーと怯えるより、
 ダメだったら直せばいいや、とのびのびできる
 つまり思考の射程が長く、広く、深くなり、
 可能性を同時並行で沢山考えられるようになる

・繋ぎの語をすぐに打てるようになるため、
 話題の語の関係性や論旨展開に思考を集中できる

・1アクション1モーラなので、
 日本語の感覚で打てるようになる、
 リズムが日本語の思考になってくる

・言葉単位で考えられるようになる、
 音単位ではなく。

・指があちこちにいかないので、
 指の制御感覚が消えて、思考だけになりやすい

・指のつまづきがほとんどない
 間違えてもBSお守りがあるので、
 つまづきにストレスを感じない

・変換を多少間違えても、
 編集モードの戻って再変換シークエンスを使うので、
 変換より文章を考える事に全振りできる

・繋ぎの言葉を高速化できるので、
 思考がどんどん速くなる
 次の次の次を考え始められるように

・疲れないので、より長い射程の作業や思考ができる

・私と文の邪魔をしてるのは、IMEだけだと思えるようになる

・「あ、これなら書けそう」と、
 事前にイメージした文章として判断できるようになる
 (それまでは事前判断なく見切り発車だった)

・作業見積もりが容易

・思考すれば文になるので、あとは考えるだけになる

・メタ認知する余裕ができる

・肌感覚で言葉と付き合える

・文章を読む人の、向こう側を想像できる



こんな感じかな。
これはかつて僕がqwertyローマ字のブラインドタッチを始める前、
手書きで全てできていたことだ。

本格的にデジタル入力をやろうとして失ったこれらのことを、
10年かけて薙刀式でやっと取り戻せたね。

むしろ、qwertyローマ字で打ってる人は、
これ全部できてるのかな?
できてないから、文章書くの苦手なんじゃないか、
すら思ってしまう。


手書きでそこまで到達出来なかったとしたら、
字を書くのが苦手だったからしょうがないとして、
じゃあタイピングならこれらを獲得できるかもよ。
ただしqwertyローマ字では難しくて、
もっと楽なタイピングがいいよ。

薙刀式を僕はすすめるけど。



qwertyローマ字は、
日本語を書くには出来の悪い配列だ。

にも関わらず普及したのは、
「日本語を徹底的に書く」よりも、
「まず書けるようになる」段階で多くの人がとどまっており、
その段階には「26キーなら覚えること少なそう!」
と見た目で判断してしまったからだ。

それよりも見た目で薙刀式が簡単そうだったら、
たぶん普及するので、
僕はそういうデザインを考えれば良いのかもしれない。


まず書けるようになったレベルの人が、
徹底的に書く段階には、
qwertyローマ字では行けない。
だからみんな文筆で苦労している。

それは道具が悪いのさ。

よく見ろよ、身体じゅうに、指から指に、
鎖ががんじがらめになってるじゃないか。
それが見えてないのは、冷えた弁当しか食べたことないからだ。

あったかいスープを飲んでいきなさい。
人間には自然治癒力がある。
ほっこりしたら、
落ち着いて「書くとはどういうことか?」を考えれば良い。
分からないなら、うまくやれてる人を真似すれば良い。


余裕のない人がいい考えをするわけがない。
高い視点で考えて、
それを分かりやすく書けば良いだけだ。
posted by おおおかとしひこ at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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