Twitterから。
清濁別置のほうが運指効率はよくなる、
という評価関数の話で。
> ただ、同置には同置の良さがあって、別置の方が優れているとは一概に言えないとも思う。
実際に清濁同置配列を試打してみると、何というか……脳に良さそうな感じがするんですよね。清音と濁音が同じキーにいることが生理的にしっくりくるような、そんな感覚があります。
まあこれは誰しもが思うこと。
僕は結局清濁同置、どころかぜんぶ同置まで極端に行った。
それは動線効率を多少犠牲にしてまでも、
脳をスッキリさせることが目的だね。
整理整頓されてるシンプルな部屋は、
扱いやすいということだ。
多少動線効率が悪くとも、
「整理された部屋にいる」
という信頼感や安心感があると思う。
とくに薙刀式は、
他の配列にはない全同置システムなので、
それを1回味わったら、
ほかの複雑なカナ配列は、
使う気がしなくなるのではないかなあ。
僕が清濁別置を扱えるだけの、
器用さがなかったのもあるよな。
練習で無意識化すれば行ける、
のはあるかもしれないが、
たくさんのカナたちのキャラが立ってないから、
把握しきれないやつらがたくさんいた。
「ぞ」とか「ざ」とか半濁音とか。
一旦これをマスターできた人なら、
清濁別置でフルスペックできるのかもね。
いうて、今の僕は清濁別置なみの、
150字クラスの漢直をやろうとしてるわけでw、
やっぱ好みや向き不向きもありそうだ。
効率効率、と言ってきた配列評価は、
脳の気持ちよさや、扱いのシンプルさまで、
効率の計算式に入れていない。
数値化は無理だからね。
最終的には触って判断するしかないだろうね。
かつて月配列を中心に、
たくさんの計算配列がつくられた。
計算しやすい機構だったからだろうか。
その大量の配列を、
今でも使ってる人がいるのか知りたい。
なんだかんだいって、
効率はいいけど愛着は湧かない、
みたいなことがありそうでね。
ある程度人の肌感みたいなのがあるほうが、
道具としては安心する気がするんだよな。
効率がいいから宇宙食みたいなのを食うか、
多少無駄でも町中華を食うかで言うと、
町中華だよなー。
薙刀式の、ぜんぶ同置というのは、
あきらかに人のアイデアによる匂いがあり、
そのアイデアで貫かれた設計だ。
もちろん清濁別置計算配列よりも、
動線効率はよくないだろうけど、
無機質な結果の配列にくらべて、
「それがそこにある理由を察せられる」
という点で人の調整ってわかるんよね。
なので、
この作者を信用する限りは使える、ってなると思う。
こんな細かいところまで手が行き届いている、
という技巧を見るのもたのしいし。
逆に計算配列の場合は、
評価式や計算過程を全部公開した上で、
したがって最適であるQED、
の証明に納得した人だけが、
使い続けるのではないかなあ。
手ごねで清濁別置を実現した配列は、
飛鳥配列しかない。
(新下駄もキワは手ごねではあるが、
ほとんどの場合統計をもとにした、
比較的客観的な設計なので)
その飛鳥理論が複雑すぎて、
全貌が見えないことが飛鳥の弱点よね。
まあ信用して触ってみたろ、
とは思えないほど複雑だし。
もし清濁別置を複数使ってみて、
その味の差をレポートしてる人がいたら、
ぜひ話を聞いてみたい。
僕は清濁別置は、
人間が扱うには複雑すぎるのでは?
となんとなく思っている。
相性や好みもあるかもしれないので、
根拠はないが。
清濁別置配列の創作文動画、
いろは坂くらいしかないよな。
もっと増えたら信用できるかもね。
眉唾のひとつの根拠は連濁だ。
鼻+声で「はなごえ」になるわけで、
「こえ」と「ごえ」の運指は一致する方が分かりやすい。
そしてこれはあらゆる語でおきる。
連濁によって複合語を生成するという印になってるのかな?
ない複合語も、これで造語できそうだ。
今台風が来てて、僕は多摩川の近くに住んでるのだが、
「濁り川」「増水川」「濁流川」とか言えるだろう。
すべて連濁だ。IMEは変換しなかったがw
一+発でいっぱつになるような、
半濁音の連濁もあるので、
半濁音も同置であるべき、というのが、
同置派の根拠だな。
あと擬態語も、清濁半でならぶことがある。
ふらふら、ぶらぶら、ぷらぷらみたいな。
こんなのを一緒くたにできるのが、
同置派のいいところよね。
あとは計算効率との天秤だと思う。
そしてそれは、人間にしか決断できない領域で、
人はその他人の決断を買うのだと思う。
2026年06月03日
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