2026年06月03日

【薙刀式】連濁現象の脳内発声どうなってんだ?

僕は脳内発声がふだんないのだが、
0ではない可能性がある。

さっき、
連濁とは「複合語を合成しましたよという印」
なのでは、という仮説をのべた例で、
「濁り川」を出したが、
このときは脳内発声ありだった。

ない言葉を音で造語するとき、
それが従来の発音にないときは脳内発声するな。


たとえば、
東京特許不許可局
という特許を許可しない局を今作ってみたが、
このときは脳内発声がなかった。
概念の連続だけで語をつくれるからだろう。

「濁り川」の例では、
にごる+かわをやるときに連濁するな、
という感覚が自分の中にわきあがるので、
それが脳内発声として感じられ、
ない言葉だけど脳内発声することで、
日本語として理解できるなと確認してるフシがある。


逆に、
連濁する言葉でも、
青空なんかは日常語レベルなので、
脳内発声はない。
あおぞらという表記の一単語レベルだ。

複合語が一語に認識されてる時は、
脳内発声がないんだろうね。


一例としてヘリコプターを考える。

これは一語として認識してる時は、
とくに脳内発声はない。

で、実は複合語なんだよ、
しかもヘリ・コプターじゃなくて、
ヘリコ・プターなんだよという雑学は有名だが、
まったく慣れてないヘリコ・プターになった瞬間、
脳内発声が立ち上がるようだ。

ヘリコはヘリコイドとかのhelix、helico
(ギリシャ語で螺旋だそう)なのはわかるが、
プターってなんやねんと調べたら、
pteron(翼)から来てるんだってさ。

回転翼機と翻訳してるのはかなり忠実なんだな。
そして翼竜がプテラノドンかー。
螺旋型の翼のプテラノドンいたらかっこええな。

などと、
表記を発音で理解する時は、
やはり脳内発声がある。

ただ、一度理解が進めば、
ヘリコ・プターも脳内発声しなくなるね。

へんなの。


つまり、言葉はもともと音から発生してることはわかっていて、
そしてその語源や音に関することを考える時は脳内発声があるが、
いったんそれを圧縮できたときに脳内発声がなくなるので、
「脳内発声なしの概念」に圧縮化している、
と考えられるね。

で、とりあえず螺旋翼というビジュアルを連想でひもづけたので、
今後プターってなんだっけ、となっても、
プテラノドンを思い出せば音を介さずにいけそうな気がする。
あるいは回転翼と直訳を思い出しても復元できそう。


しかし、僕の場合は、
このように音があったりなかったりを往復して、
今理解してないことと理解してる事を区別できるみたいだが、
脳内発声のある人の中では、
全部音が鳴るんだよな。
ふしぎだ。うるさくないのかしら。

そのかわり既知も未知もごたまぜで語れるから、
嘘を上手く混ぜ込めそうだな。
口から先に生まれたようなタイプはそうなってるかもなー。

逆に脳内発声のない人は、
未知の概念はうるさいから、
なるべく既知の概念だけを扱おうとして、
未知から逃げがちはあるかもね。
その代わり高速で大容量で考えられると。


脳内発声があるかで、
このように概念の機構が異なるだろうことは、
たいへんに興味深いことだ。

脳科学者や言語学者は研究してんのかなー。
ことばがどのように生まれ、処理されてるかは、
なかなか見えづらいよなー。
posted by おおおかとしひこ at 11:55| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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