ふむ、配列図を見る限り内ロール系だなー。
https://x.com/ditto_fe/status/2062857122573083042?s=20
「る」の位置が伝統の新JISと同じだ。
ここの位置はいいんだけど、
どうしても内ロールになるため、
外ロール派の僕は踏み込まなかったなー。
あと断定の「だ」がXは、
左薬指の苦手な僕は無理だ。
QPTYの頻度もなくもない程度あるし、
僕の指に全く合わないことが、
流れを見ただけでわかってしまう。
T「を」は僕は無理だな。
こうした、
「手の感覚」というのは人によって異なるし、
それを数値化して自動計算することも難しいだろう。
これからチューニングしていくらしいから、
どう磨かれていくかたのしみ。
僕は無理だけど作者には抜群に合うかもしれない。
なにせ人の手は人の顔や思想ほどバラバラだ。
気になるのは下駄配列同様の、
拗音外来音部の特殊同時押し系で、
誤打しまくりそうな予感がすること。
とくに左手→右手は打ちやすいがロールオーバーしやすいため、
左手単打→右手単打の流れが、
半分くらい同時押しに化けそうで心配。
こうしたことも、
ある程度高速にならないとできる/できないが判断できないので、
評価に1か月以上、下手したら3か月はかかると思うので、
煮詰めていくしかないだろうなー。
ベースは計算配列だそう。
https://x.com/ditto_fe/status/2062868827822841957?s=20
計算配列で3合目までつくって、
7割は人の手で調整するなら、
もはや計算配列とは呼べないけど、
99%計算配列で、
少しだけ手で入れ替えたら計算配列だろうねえ。
僕は、全てのカナがそこにいる理由が説明できる、
または理解できるなら、
計算だろうが手ごねだろうが関係ないと思う立場かなー。
「これがとてもよい。なぜなら……」
のあとに納得できる説明をどれだけ聞けるか、
だと思っている。
仮に数式があってもいいよ。
QEDだなたしかにと思えればいいが、
「そうかな?」って疑問に思ったところから、
信頼は崩れていくからなー。
ただ最初のベースを作ることすら、
配列職人は機械の手を必要としないので、
最初っから手ごねでやった方が速いやん、
ひらめきがあれば1日で大体できるで、
などと僕は思ってしまうw
清濁別置は手ごねで最終形までたどりつくことが難しく、
何が正解なのかまだよくわかってないジャンルだからこそ、
わかったことを記してくれると助かる。
2026年06月06日
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今回配列を設計するにあたり、大岡さんの過去の膨大な記事から得られた知見を活用させていただきましたことを、この場を借りてお礼申し上げます。
手ごねではなく計算をベースとしたのは、3-gramを考慮するためというのが大きな理由の一つです。
私の持論として「運指の繋がりやすさを真に重視するなら最低でも3-gram以上で見ることが必要だが、それは人力ではまず不可能」というのがあります。(kouyさんも「3文字連なりは考慮しきれなかった」と回想されていました)
なので、最終的には感覚でチューニングするにせよ、計算による評価という後ろ盾はあった方がいい(というより、なくてはならない)と考えた次第です。
評価関数自体は既にある程度手応えを感じていて、どちらかというと今後の評価打鍵で確かめたいのは「ここにこの文字があってほしい/ほしくない」「この連接はもっと打ちやすくしたい」といった自身の生理的感覚ですね。
自前の配列設計ツールはカナごとに「現在の位置で固定する」「単打面のいずれかのキーに置く」「特定のキー群のいずれかに置く」などの柔軟な制約設定ができるので、試打を通じて「しっくりこないな」と感じる部分があれば、制約をチューニングしながら探索を回すことができます。例えば記事でも触れられているように「を」がちょっと遠いなと感じたらQPTYに置くのを禁止するよう設定したり、「る」はMがいいなと思ったら固定したり。いわば手ごねと計算の融合みたいな感じですね。
このプロセスはこれまでも踏んできたものですが、実用レベルまで配列を使い込むことで初めて見えてくる景色もあるはずなので、そこが焦点になりそうです。
カナがそこにいる理由に関しては、私の配列制作の目的は究極的には自分自身のためであり、理由を語るなら「しっくりくるから」に帰結してしまいそうな気もしますw
とはいえ、大岡さんにとっての薙刀式も突き詰めれば「しっくりくるから」の集合体でしょうし、案外そんなものなんじゃないかなとも思います。(過去の記事で「理由は後付け」といったことを仰られていた記憶があります)
多くの3gramを考慮に入れた人力配列はないので、
確かに機械に計算させた方がよさそうなのはわかります。
とはいえ、どんな計算なのか/その計算は妥当なのかは、
計算方法(とかソースコード?)で、
議論するのが妥当なのでしょう。
評価方式はどうなってんのか、
近しいものがあったらどっちをとるのか、
などで色々ありそうです。
カナがそこにある理由は、
全部は説明できなくていいけど、
これこれはこのためにここにある、
と自信を持って言われれば、
使う側が納得しやすい、だと思います。
マイナーカナなんかは、
「余ったところに適当に」も立派な理由で、
ここからここまでは特に意図なし、
と知るだけでもユーザーには有効なのでは、
と思いますね。
まあそれも手の感覚があれば、
大体説明できると思うので、
これから次第ではないかと。