多くの人は、自分のやり方を当然みんなもやってるものだと思い込んでいるが、
手書きの漢字の書き方も、
自分が当然としてるやり方とは違うのでは?
と疑ってみることにした。
【自分のやり方】
頭の中に文字や概念や色や触覚として存在している。
音はない。再生ボタンを押せば再生できるが、
デフォルトでは無音。
たとえば「という」「と言う」の書き分けで考えようか。
僕の脳内では、異なる「という」「と言う」があり、
別々の棚に置いてある。
音がないため、これが同じ音であることには気づいていない。
僕が同音異義=だじゃれに脳内で気づかないことが多いのは、
以前にも書いたと思う。
なのでこれらは「全く別のもの」として存在する。
なので手書きでは一発で書き分けられる。
違うものを違うように書けば良い。
○と△は書き分けられる。
タイピングにおいて、
「という」と書いてから、
変換して、「という」「と言う」の2個から毎回選ばなければならないのは、
大変不愉快。
元々違うものを、同じ表記法に縮約する無駄をして、
また水をさして干物から戻さないといけないのは、
二度手間に感じる。
なので、「言」という漢直を覚えたので、
「という」「と言う」は、
棚から直卸しでモニタに出せるので快適。
ただ、すべての漢字をこのようにはできない
(常用漢字で2100、僕が原稿で使ってるのは3000)ので、
まあ150で我慢したろ。
【想像上の他の人】
「という」「と言う」は、同じ音なので、
同じ棚に入っている兄弟。
意味の違いももちろん理解している。
手書きで書こうとしたときに、
「これどっち?」って迷う。
なぜなら、脳からは音が出たからだ。
そして意味を考え直して、
これは「という」と書くべきだ、
これは「と言う」と書くべきだ、
と、水際で判断が生じる。
つまり、カナ漢字変換でやってることと、
同じ事が起こっている。
だからカナ漢字変換にはむかつかない。
考える判断を減らして、
選ぶだけにしてくれるからだ。
で、全ての漢字においてこれだとあまりにもバカなので、
簡単な漢字については、
僕と同様分化してることが予想される。
ただそうなってる字は、
僕の3000字に対して極端に少なく、
数百字だったりして、
という予測をした。
合ってるかどうかわからない。
だけど、
カナ漢字変換がどうやって作られたか?
なぜこんな不便なものに誰も文句を言わないのか?
を想像すると、
頭の中や漢字の書き方が、僕と違うから、
というのが答えになりそうだと思ったのよね。
つまり現状のカナ漢字変換は、
手書きのやり方を模倣していて、
手書きよりも楽できていると。
タイピングをする人たちの中には、
「手書きじゃ書けなかったのを、
タイピングは救ってくれた」という人が多くて、
僕は全然その意味がわかっていない。
字下手なんだろうなあ、書道やれば?
くらいにしか思っていなかったが、
そもそも脳の中の棚のありかたや、
棚卸しの仕方が異なるのだとしたら?
ということに、今気づいた。
というのも、
天キーで漢直を試してもらった人たちは、
「これだよ!字を書くってことはこうだ!」
という感想ではなくて、
「ふしぎだ!」「他人の頭の中はこうなの?」
「魔法みたい」
という、「考えもしなかったこと」への驚きばかりだったんよね。
進み過ぎた科学は魔法と区別がつかないらしいが、
進みすぎるも何も、手書きでいつもやってることやん、
まで思って、
ふと、「他の人の手書きはそうじゃないのか?」
ということに思い当たったのだ。
なので、上の架空の人はあくまで僕の想像だ。
たぶんありえるのは、
数百字は僕と同じで、
あとは書けない漢字ばかり、
という感覚かもしれないね。
これはIQ高かったり、
本を読んでると、
漢字含有量が多くなってくるかしら。
先月同じ京都大学の出身者としゃべくってきたのだが、
ふだん接する人と明らかに漢字含有量が多くて、
その人も脳内発声がないことを確認した。
あー、ダジャレに気づくかどうか聞けばよかった。
言語優位者で、本好きで、
ビジュアルシンカーの存在を頑なに認めてなかったなー。
まあそういう人ほど、
脳内の漢字の棚は多く、
手書きの漢字含有量が多い気がする。
僕は3000字全部書けるかは自信がないが、
魑魅魍魎とか挨拶以外は、
普段使ってるなら大体書けそうな気もする。
鬱もギリいける。
自分漢字テストやらんといかん?
(追記)
やはり……違うのか……
田中さん:
> これ、私は【想像上の他の人】ですね。 例えば盲目の人は、使われなくなった視覚野を触覚や聴覚の処理に回せるので、触覚や聴覚が鋭くなると言われますが、大岡さんの脳でもそれに似た何らかの変化が起きているかも
むしろ誰にも聞かずに、
想像だけでここまでたどり着いた観察力、考察力をほめてくれ……笑
昔から文字に色が見えることや、触覚が存在することについて、
それに共感覚という名前がついてるのを知ったのが10年前、
脳内発声がある/ないについて本格的に議論したのが大体5年前。
世界には知らないことがあるな……
2026年06月09日
この記事へのトラックバック


想像だけでここまでたどり着いた観察力、考察力をほめてくれ……笑
無論、およそ普通の人ではたどり着くことができない推論かと。長年の研究と試行錯誤がなければ、そうそう思いつくことはないと思われます。
逆に、私にとっては大岡さんの脳内は、とても不思議に思えるし、ちょっと理解が難しいと感じます。
あと、これは何度でも言うべきだと思うので書いておきますが、そのおこぼれ(薙刀式)に与っているユーザーとしては、本当に感謝の念に絶えないのです。真面目な話。
僕はずっとタイピングに疑問を持って、
いろんな人のやり方を見てきて、
納得の行く方法がほとんどなくて、
なんでやろ?と思ってたんですよね。
ようやく最近、
「おれとふつうは違うらしい……」
ということがわかってきました。
おれとふつうの二軸の対立なのか、
他もありえるかはまだわかっていません。
また、ふつうにも微妙にバリエーションがある可能性があります。
ここまで内観をやってる人はあまりいないだろうから、
日本語の最先端がここの可能性がありますw
結局異端者がノーブレスオブリージュとして、
世界を変える義務があるので、
いちへんてこ芸術家として、
世界の見方を変えていこうと思います。
結果便利な道具ができればご笑納ください。
ワンショット漢直は、
コア14字だけでも便利なので、
そこだけ使う手もありますね。
いずれまとめます。