簡単なようで、実は一番難しい。
今書いている、それはなんですか?
と聞かれたとする。
主人公は○○で〜、○○があって〜、
重要なのは○○で〜、テーマは○○で〜、
あ、○○な場面がめっちゃいいんですよ〜、
などと答えがちだと思う。
これはつまり、「自分が理解しているそれ」の、
説明の仕方だ。
自分にとって、良く出来ていると思うことを列挙したり、
他人が好きそうだなと思うところを列挙したりするのが目的で、
その為に、ジャンルや主人公などの枠組みを提供している、
という構造になっていると思う。
だから多分一番伝えたいのは、
「○○な場面」だと思う。
それのために作者というのは情熱を傾けるものだからね。
名場面があって、このたまらんさを共有したい、
というのが偽らざる感情だろう。
だけど、
それはまだ作品を客観化していない証拠だ。
もっと客観化しないと、「それは、何?」に答えられないのだ。
もっと外へ。
作品の中から外に出て、
外から作品を見る視点へ。俯瞰的な視点だ。
観客は、全くそれを知らないところから、
これをどう見るだろう?
という視点まで行かないと、
「それは、何?」には答えられない。
どういう視点ならそれをとらえたことになるのか。
たとえば、
「感動作品」でいいと思う。
「コメディ」でもいいと思う。
「怖い話」でもいいと思う。
つまり、一言でこれは何?と言えるもの、
ということだ。
これは自分の作品では難しいし、
愛のある作品ほど難しい。
親友を誰かに紹介するときに、
「いいやつ」一言で済ませるわけがない。
「あんなときもこんなことを言うし、
こういう時にこういうことを出来るやつなんだ」
とか、どんどん追加情報を入れてしまうだろう。
それは、「それは何?」には答えていないということだ。
だから、
まず世の中の作品を、この程度に縮めて言ってみる練習をしよう。
「感動する時代劇」「せつないSF」
など、ジャンルを入れてもいいよ。
「青春タイムスリップ」みたいな新ジャンルにしてもいい。
「学園忍者アクションドラマ」なんて珍奇なものを発明した人もいたね。
僕は「メルヘン、時々忍者。」も好きだった。
なんでもいい。キャッチーでなくてもいいから、
平凡なものでもいい。
でももし、「感動する話」だったら、
世の中の感動する話のうち、
平均より上位に入らなくてはならない。
「おもしろい話」はどうかな?
笑えるのか興味深いのか分らないので、
もう少し解像度がいると思う。
つまり、これは何をしているかというと、
「観客の感情の色」を特定しているのだ。
これを見たらどうなりますか?
ということを探しているわけだ。
泣ける、笑える、怖い、理不尽に怒る、
逃げる、落ちそう、社会を変えたくなる、
かっこいい、
なんでもいいよ。
映画を見るのに2000円払うとして、
その2000円の対価にふさわしい感情を、
書いてみればいいだけのことだ。
くだらねえ笑いに2000円払わなさそう、
だとしても、
くだらなさに振り切っていれば、
2000円のくだらない笑いという価値が生まれるかもしれないよね。
そこは費用対効果を考えればいいだけのことだ。
つまり、
あなたは、あなたの作品を、
観客として買うところを想像するわけ。
まだ何も知らないが、
一言だけ、
「感動する話です」を信用して、
2000円払って映画館に入るところを想像するわけ。
ここで、「SFなんだけど笑えて、人類の新しい可能性を示唆して、
しかもトリックと皮肉が効いたすばらしい作品」
とか言われても、
ただひとこと「感動する作品」の方が、よさそうに思えるよね。
(もちろん出来てない詐欺行為はだめだ)
嘘をつくやつは言葉を重ねる。
本当のことを言うやつは、
自信あふれる一言で済ませる。
つまり、それに達しているかどうかは、
言葉数の少なさで測ることが出来る。
もちろん、もう少し色をつける自由はある。
「ラブコメディ」
「スパイサスペンス」
などは相性のいい組み合わせだ。
「ラブサスペンス」という変な組み合わせも、
想像の範囲だろうから、
許容だろう。
こんな風に、
自分の作品を、どこまで客観的な期待として、
煮詰められるか、
ということを今やっている。
これは、作品の方向性を決めるという、
覚悟を決めている、
ということでもある。
これが途中で変わったり、
作っているときに変わったりすると、
よれて詰まらなくなる。
あるいは、その言葉に達していないものも、
詰まらなくなる。
「しびれるノンストップアクション」
と言われて、大してアクションシーンがなく、
急にラブストーリーになっても、
知らんがな、ってなるだろう。
あなたはこういう場面がいいのに、
とか、こういうキャラがいいのに、
とか、こういうシチュエーションがいいのに、
など、
作品のそばや真ん中ででそれを見ている。
だけど、
「遠くからそのそばに寄っていきたくなるには、
これを何といえばいいだろう?」
ということを考えるといいわけ。
何も知らない人から見たら、
これはアクション映画に期待することを期待してれば、
大体いいな、とか、
そういう風に外から、遠くから点で見てみるのだ。
多少違ったら、
コメディアクションとか、そういう風にアレンジしていけばよい。
これは、特にリライトするときに、
役に立つ方法論である。
最初はコメディとして書いていたが、
途中でシリアスになってしまった、
などの作品もあり得る。
そのとき、
「それは、何?」にこたえられるように、
書き直すといいわけだ。
コメディにするならばコメディに、
シリアスにするならシリアスに、
さらにどういう感情のものにするのか、
を決めていくといいわけだ。
今書いている作品は、
まさにそんな感じになっていて、
どっちつかずになっていて困っている。
だけど、シリアス方向に舵を切るか、
と思ったものの、
「どういうシリアスな感情なの?」
というのが見えていないことに気づいた。
恨みの話なのか、怒りの話なのか、
諦観の話なのか、燃える話なのか。
それだけでも随分違う話になってしまうことに気づくわけだ。
「それは、何か?」にうまく答えられないということは、
まだその軸足が決まっていなくて、
腹が決まっていない、覚悟が決まっていない、
ということである。
それはきっと、書いてもまたぶれるに違いない。
もちろん、決めずに書いて、
書きながら考える手もある。
でもそれだとしても、きれいな構造で糸を通すことは無理だろうね。
ぐちゃぐちゃのままアドリブで着地させた、
みたいなことになるだろう。
つまり、着地点を先に決める、ということを、
今考えているわけだ。
どこからスタートしてもいいんだけど、
最終的にはここに落ちる、
というのを考えておかないと、
全体として○○な話にならないよ、
ということを言おうとしている。
「いけちゃんとぼく」では、
「子供の成長に見せておき、
それが全体として深い愛だったと分る話」だと、
僕は解釈したのだが、
「子供とお化けのノスタルジー」とか、
「大人のラブストーリー」などのように、
制作中に何度もぶれまくったので、
思いつきで方針が変わることがけっこうあった。
意見する複数の人がバラバラの事を都度言っていた。
あなたたちでまず話し合ってからここに来てください、
になっていた。
最終的に制作部と宣伝部が決裂して、
制作部の意図に沿わない予告のやり方がされた。
ひどいもんだ。
それは、「それは何か」が、
一つに決まってなかったからだ。
船の進む方向がどんどん変わり、
これは丘に登るやつだなあ、
と思ったので、
僕は聞いたふりをして基本方針を変えず、
映画としては着地を失敗することがなくなったわけだ。
(転んでいるところもあるが)
こういう風に、
「それは何?」が変わらないようにしないと、
言っていることがばらばらになり、
何のためにこうなっているのか、
というのが整わないものになると思う。
そして、そもそも作者が客観的になっていないと、
それは何なのかをうまくとらえきれなくて、
ぶれてしまうものになりがちよね、
ということを言おうとしている。
なにせ作者も人間なので、
最初は○○に行こうと思っていたのだが、
それを書くのが難しくなり、苦しくなると、
やっぱり△△にしよう、
などのようになってしまうものだ。
易きに流れがちだからね。
それを、やりたかったのはこっちなんだ、
なんて勘違いしてしまって、
あるいは自分を納得させてしまって、
そっちに誤って行ってしまうことは良くあるからね。
(認知的不協和の解消)
こうした無意識の逃げを封じるためにも、
「それは何?」をうまくとらえていないと行けないんだよ。
幸い、脚本というのは、
何度も書きなおせるものである。
だから何度も油絵のように重ね塗りして、
うまくまとまった「ひとつのもの」を、
作りたいものだ。
逆に、そうなっていないものは、
映画脚本としては詰まらなくない?って思ってしまう。
それは何なのか?
何として捉えられて、何として認識されるのか?
そこまで外に出られて、初めて全体が見えるというものだね。
で、それが見えたときに、
ようやく、「一番大事なシーンは何?」
って考えることが出来るわけ。
作者的に、
「○○が○○の場面がいいんだよなー」
なんて良く思っているけれど、
それが「それは何?」に答えるような、
象徴的なシーンになるべき、
だと思っているというわけだ。
とてもいい場面は、
話の骨格に関係しないと、
ただの浮いた場面になる。
それが話の骨格に絡んでくると、
ストーリーのための名場面になる。
じゃあそのストーリーとは、
を確認するために、「それは何?」を、
煮詰めていくわけだね。
2026年07月14日
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