2026年07月20日

現実では、すっきり解決することがないから

一件落着!なんて竹を割ったような解決など現実にはない。

どこか妥協したり、
我慢しながら相手の言うことを飲み、
トータルで勝ちに持っていく、
などのグレーな解決をするものだ。
(大人用語で「落とし所をつくる」などという)

だから、物語では、分りやすい、
完全決着が求められるのだと思う。


必ずしも、完全決着をしてくれ!
と毎回思っているわけではない。
だけど、あまりにも現実で灰色の結論ばかり見ていると、
時折物語のような、
スッキリした勝利を見たくなると思う。

幼いころはこんなグレーはなかった気がするね。
勝ちは勝ち、負けは負け、みたいな、
はっきりした世界だった気がする。

それが、損して得取れとか、
相手にやらせるだけやらせて実はこっちのペースとか、
腹芸とか、
面従腹背とか、
灰色の綱引きが、大人になって増えた気がする。

それは一言で言えば「妥協」ということかしら。


現実で、そんな妥協に飽き飽きしているんだから、
物語の中でくらい、すっきりした解決にしたいよね。
悪人がぐわーって後悔して死んでいくほうが、
悪人にも人権はあり、控訴権がある、
みたいなだらだら続くよりもスッキリするのだ。

ある意味幼いのかもしれない。
世の中ははっきりしないものだからこそ、
幼い世界のはっきりした解決を見て、
世界はすっきりくっきりしていると、
もう一度思いたいのかもしれない。


でも幼いと思われたらリアリティラインが崩れるから、
我々は工夫してリアリティラインをうまいこと操作して、
ご都合じゃない、
はっきりした、すっきりした解決を創作するわけだ。

全員が納得する、最高のハッピーエンドは何だろう?
完全な解決とは? 
完全なエンディングとは?

それを考えれば、
逆算してそこに向かえるかもしれないね。


ごちそうが、最後まで残らずに、
ペロリと食べられて、
あとに白い皿しか残らない、
みたいに喩えられることがある。

余計なものが何一つ残っていない、ようにね。

そうあるべきだと思う。


あまりにも見事な解決だと、歴史に残るよ。
あんなにきれいにたたまれた風呂敷はない、
みたいに、
風呂敷たたみ選手権で上位入賞出来るというわけだね。

どんでん返し系の作品は、
これをある種競っている。
どんでん返しじゃなくても、
これを競っているとも思えるね。


完全決着とはなんだろう。
自分の話に置き換えて考えると分るね。

スッキリ解決するには、
一発で終わらせる、というのもある。
すべての伏線が、たった一つに集約する、
というのは見てて最高にカタルシスがある瞬間だ。
そういう風にストーリーラインを組んでもいいだろう。


現実ではグレーの結論が待っている。
だから今日も、一件落着が求められているのだと思う。
posted by おおおかとしひこ at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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