今マニュアルを書いてて、
覚える為の練習文をコツコツつくっている。
それでついでに練習になるやろ、
と期待したらその通りになり、
より漢直が身にしみてきた。
それで得られた感触とは、
「あまりにも当たり前で、
別に爆速とかいう感覚ではない」こと。
色々な配列は、
その優秀性をアピールしたいがために、
秒○打とか、スコアで爆速をいう。
楽さは数値化できないから、
よけいに速さだけをいいがち。
でもそれは、過渡期でしかないよね。
実際にその速さに慣れたら、
それがふつうになるよな。
フェラーリ買って300キロ出したとして、
最初は爆速に感動するだろうが、
毎日乗ってたら、
それが普通になるだけだと思う。
新幹線通勤するとして、
最初は飛ぶような風景をすげえなあと思ってても、
それに慣れてくればそれが普通になるだけだ。
チーターは自分の事を爆速とは思わない。
ただ腹減った、獲物だ、って思うだけだろう。
つまり最近の感覚としては、
「ただ内容と格闘してる」
というのが正しいな。
以前は不満があり、
いちいち突っかかってた棘のようなものがなくなり、
純粋に内容の事を考え、
それが文字化されている。
元々手書きで持っていた感覚、
手が文字にしていく感覚、
そのフィードバックから次の言葉が生まれる感覚、
書いてから初めて俺はこう考えたたわ、
と確認する感覚が、
生まれ始めている気がする。
つまり10年かけて、
ようやく最初の、
「qwertyローマ字で書くことは、
書くことではないのでは?」
という不満に対して、
「まあこれなら書く事に近いな」
まで来た、かもね。
速度自体は、
薙刀式オンリー時代よりも遅くなってると思う。
漢字がすぐに出てスラスラ書けるまででもないし。
(漢字の出現頻度を考えれば、
これまで以上にたくさん書かなければそこまで定着しないだろう。
たとえば「100回実戦で打てば定着する」仮説にしたがえば、
熟語「最初」を100回打つまでに何字書けばいい?って話よね)
だが、
ここは絶対機械にわたさずに自分の意志で書く、
あとはざっくりIMEで一発変換できるから結果は見ない、
たぶんIMEが迷うからここはしっかり監視、
みたいな使い分けが、
自分の中で分化して、
監視コストが明らかに下がっている感覚がある。
これが0になれば理想だが、
そもそも手書きの時だって、
たまにどうやって書くんだっけ?とかあるから、
まあ0にはならない、
というのに納得性は高い。
これが146字程度(ダンバー数150)と、
薙刀式のマスターというのは、
かなりミニマムなコストでのパフォーマンスかなー、
という感想だ。
つまり、ようやく文房具としての理想「消える」に、
なりつつあるなこれ。
qwertyローマ字のブラインドタッチがあまりにもおかしくて切れた。
BSエンターカーソルがブラインドタッチできなくて切れた。
それら両方を盛り込んだカタナ式は理想だったが、
今度は打鍵数が多くなって切れて、
カナ配列なら脳内発声がない自分を発見して、
薙刀式をつくって快適かと思いきや、
今度はIMEのだらしなさに切れて、
漢直へ走った。
フル漢直は無理だと考え、ダンバー数に収めたセットと、
動線設計まで考えたワンショット漢直をつくった。
ざっくり10年、
ここまでやって、
デファクトスタンダードをつくったやつらの、
仕事のぬるさをようやくカバーして、
日本語をブラインドタッチでデジタルで書くための、
最低限のものができたかな。
もちろん、この「ふつう」は、
そのうち不満や破綻が出てくるだろう。
改良の余地はないわけではない。
だけど、
爆速とか脳直とかいってるのは、
まだその状態になってない人の言葉なのだな。
え、ふつうに書けばいいじゃん、
まで来て、やっとデジタル日本語入力は、
最低限までの資格を得たと言える。
本来ならば、「えっ、ここから爆速になる手段があるんですか?!」
だろうにね。
ちなみに、
試しに漢直を禁止して、
薙刀式オンリーでやったら、
急に道がガタガタになった感覚がある。
こんなにストップアンドゴーがあるんだって感じ。
さらにqwertyローマ字にしてみたら、
書けないボールペンみたいだ。
ちょうど今、新しいボールペンがそうなってて、
くそうハズレ引いたって速攻捨てたのだが、
その不快さに近い。
qwertyローマ字なんて今すぐゴミ箱行きだが、
世間で使っている以上残さざるを得ない。
なんでみんな書けないボールペン使ってんだろ?
ふしぎだね。
僕はふつうに書いてて、
スラスラという感覚もない。
若干、漢字変換上手くいってるかどうか、
丁稚のお使いをチェックする程度で、
「ふつうに書く」ができてる気がする。
ただ、頭の中で何かが爆発して、
猛烈に書きたい時は、
漢直では間に合わずに、
ダダダと薙刀式でやっちゃうね。
瞬間速度は薙刀式だからね。
それが落ち着いて巡航速度になってるときは、
漢直の方が楽なので、
自然に指が切り替わってる感覚がある。
ギアチェンジみたいなことかしら?
これがMTみたいに意図的なシフトチェンジか、
と最初は思っていたが、
最近はATみたいに勝手に変わる感覚がある。
そのうち無段階変速になって、
自分でも気づかないようになるかもしれない。
つまり俺がIMEに半分なるのかな?
これが、書く内容との格闘という、
本来のエネルギーに対して、
どれくらいエネルギーを奪っているのか、
を観察したいのだが、
なんかふつうに書けてるので、
0?そんなことないよな?5%?10%?
って観察している。
ざっくり体感で脳が奪われる領域は、
デファクトスタンダード標準方式の、
サイトメソッド……80%
ブラインドタッチ……65%
カタナ式……30%
薙刀式……15%
薙刀式+ワンショット漢直……5%?
手書き……1〜2%?
くらいかな。
手書きとの差はなんだろ?
IME監視かな?って思ったが、
「左手を使うこと」「モニタを見続けること」
だと気づく。
えー、じゃもう無理じゃんこれ。
手書きに回帰するかなー。
デジタルで書く?
アナログで書く?
はつまり、
左手と目のトレードオフまできた、
という感覚になってきた、
ということかもしれないわ。
そこまできて、やっと「ふつう」だよな。
僕はようやく日常に回帰しつつあるのかもしれない。
腹減ったな、めしだ、
くらいに、
あ、あれを書こう、よいしょ、
くらいで書き続ける事になるだろう。
大きくはエンドゲーム?
まだ小さな不満はあるだろうが。
もし僕がAIエンジニアリングに手を出せば、
エディタやIMEをつくるかもしれないが、
そのコスパは悪い気がする。
必要は発明の母なので、
そこまでマグマがないんだろうな。
ちなみに今iPhone+azooKeyで書いてるのだが、
「ひつようははつめいのはは」の、
第一の予測変換に、
「必要は発明のハハーッ」ってなってて、
iPhone落としそうになった。
第二部分に「必要は発明の」までの文節があって、
それを見たことで落とさずに済んだが、
2タップしないと「必要は発明の母」が確定しないのは、
日本語入力として効率が悪すぎる。
ニューラル変換が詰めきれてないのか、
量子トンネル効果(ちなみに今も漁師トンネル効果が第一候補)
のように、必ず端っこの方が漏れるのかは、
なんともいえないところだ。
つまり結局僕は、まぎれをなくしたい。
検品率はできれば10万字の中で1〜2字程度の精度で。
3万字で10字までは許容範囲としようか。
これに対して、AIの確率の雲は、
粗すぎると感じる。
(今も「あらすぎる」は「荒らす」が第一候補で、
「粗」を単漢字から選んでいる)
クラウドの糞変換のデファクトiPhoneIMEに戻るよりはマシ、
くらいで、もっといいのねえのかなー。
わたしはわたしである。
10/30000程度の誤差許容で、
わたしはわたしでありたい。
次はここを目指すべきだろうか。
そんなことを考える程度には、
薙刀式+ワンショット漢直は来ている。
2026年06月24日
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> ただ、頭の中で何かが爆発して、
> 猛烈に書きたい時は、
> 漢直では間に合わずに、
> ダダダと薙刀式でやっちゃうね。
これは蒸発に間に合わなくなるってこと? 間に合うけどもっと急ぎたい?
> ピュアかな入力じゃないと言語表象の蒸発になかなか間に合わない
言語表象に音が張り付いてるかついてないかでも違いがあるかもですが、
> 部分漢直でも間に合ってるってことですよね?
間に合うやつと間に合わないやつがある、
っぽいのが答えかな。
それは配列の出来そのものかもしれない。
>これは蒸発に間に合わなくなるってこと? 間に合うけどもっと急ぎたい?
手の慣れの問題、つまり無意識下までの訓練ができていない、
配列としての出来が悪い、
そもそも無理である、
のどれかはまだ分別できてない状態です。
なので実験かなと。
コア15、コア26(数字はまた変わるかも)に関しては手応えはあり、
すでにそれは完全にこっちの方が速いわってなってる感じ。
あとはおまけなので、ご自由に、
というスタンスになるかもです。
このうち2字だけ同音異義の二打、
あとは一打というのが効いてるかな。