イコンとは、映画の象徴的な場面、という意味で僕は使っている。
その、代表的なものがポスターだ。
僕は、ポスターはその物語のイコンであるべきだと思っている。
そうでなければ象徴にならないからね。
で、
そのイコンは流行るべき絵になるのが、
ベストだと思うわけだ。
流行る絵というのがどういうものか、
本当には分らない。
だから必要条件みたいなものだ。
こういうのだから流行る、
という十分条件を出すのは難しそう。
というのを前提にしたうえで、
少なくともブロッコリーポスター
(登場人物が集まって並んでポーズ付けているだけのもの。
斎藤工が最近の映画のポスターは、
真ん中にブロッコリーみたいな、
と揶揄したこととから)
は、
「流行らせる気がない絵」だということが分ると思う。
説明にはなっている。
でもそれが流行ると思ってないよね?
というのが怒るべきポイントだ。
なぜなら、それは世の中にあふれまくっているからだ。
もし世界初のブロッコリーポスターがあったら、
「まじか! 全員集合、カッコイイ!」
みたいになって、
猫も杓子も真似するだろう。
でもそんなものは、はるか昔からあるわけで、
それを今さらやられても、
何も新しくないわけだ。
僕は宣伝部にいないから知らないが、
「これ、またこのパターン?」
って話はないのだろうか?
「飽きられてんじゃないの?」
って話はないのだろうか?
それとも、それしかデザイン能力がないのだろうか?
もっと上の方から、「いつもので頼むよ」って通達があるのだろうか?
何が理由で毎回ブロッコリーが出てくるのか、
まったく分らない。
絵としてダサい。
ダサい理由は、使い古されているからだ。
新しい/古いを決めるのは、
すでにあるか、ないか、だ。
無能すぎる。
流行るものは新しいもので、
新しいから流行るのではない。
だから、新しいものには、
流行るものと流行らないものがあり、
流行らないリスクを取りたくないから、
古いものを使いまわすのだろう。
それが、すでにデザインでばれているから、
流行らないのである。
負のループが回っているわけだね。
さて。
流行る絵がイコンとなる映画とはどのようなものか?
それは、
まさに「新しい絵になるような、
新しい話」の時じゃないだろうか。
つまり、脚本や企画がそもそも手あかのついたもので、
古いものの焼き直しに過ぎないときは、
新しい展開や象徴などないので、
新しい絵にならず、
それを象徴するイコンも、
これまであったようなものにしかならないわけ。
つまり、
古臭いポスターデザインの映画には、
二種類ある。
ポスターデザイナーがしょぼいか、
そもそも中身がしょぼいから、そのポスターしかなかったからか、だ。
ポスターデザイナーが悪い場合は首にせよ。
脚本の中身がしょぼい場合は、
自分の首をくくれ。
悪者の首をくくればいいだけのことだ。
さて。
では、あなたの物語を象徴するイコンとは、
何であろうか?
それを考えるヒントは、フレームにある。
ヨリか、ミドルか、ヒキか、
ということだ。
ヨリならば、顔や小道具のアップになるだろう。
それはなにかの象徴になる。
ミドルは人間の上半身が2人くらい入るフレームかな。
1人でもいいし、複数人でもいいが、
それくらいのサイズで象徴する場合だ。
こういうブロッコリーもある。
「国宝」のポスターは、対峙する歌舞伎の二人だ。
「二人が歌舞伎役者をやる」以外の情報がなくて、
僕はイコンになっていない、流行らないポスターだと思う。
ただし、内容が対立や嫉妬などの、激しい内容ではなかったので、
「それしか売りがない」というポスター側の事情もある。
イコンになるべき絵もなかったし、
「腐った足を泣きながらつかむ」というのは、
ネタバレになるから絵にしづらかっただろうし。
でもこれがイコンになるべきなんじゃなかったかなあ。
唯一の絵になるオリジナルだったしなー。
(それがメインイコンか、と言われると答えに詰まる。
つまり、「国宝」にはメインのイコンがなかったのよね)
似た構図のものは「エイリアンvsプレデター」で、
キャッチコピーが「勝手に戦え!」
という投げやりなのが笑うよね。
企画のしょうもなさを、キャッチコピーとポスターイコンで、
両方表している自虐的デザインに、
僕はむしろ感心した記憶がある。
ヒキのサイズはもっと広いサイズで、
状況を示したりする場合に用いられる。
「ジョーズ」なんかが象徴的で、
泳いでいる美女の下から恐怖のサメが口を開けている絵は、
色んなものにまねされて、
流行ったと思う。
あなたの映画の象徴はなにか?
小さなものをアップで写したものか?
人のサイズのものを写したものか?
状況を写したものか?
メインのイコンは、たった一つに絞られなければならない。
それがない映画は、そもそもイコンのない映画であり、
ほんとうに面白いのかなあ、と疑惑がもたれてもしょうがないと思うね。
そして、それが新しくないということは、
流行らないし、
そもそも古い話なんじゃないの?
ってことなんだよね。
型が古くたって、
イコンが新しければ、
新しい切り口で物語をつくったことになるわけだ。
ということは、それは新しい話になる可能性が高いね。
「このイコンはなにか?
そしてこのイコンは流行るのか?」
を事前に熟考することは、
本質を考えるのに、有効な方法論だ。
参考にされたい。
2026年07月28日
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