Twitterから。
https://x.com/slowly102525/status/2071811997088600500?s=20
これレイテンシーじゃないかもしれない、
という仮説を展開してみるか。
どの課題文も、
「メジロ式の打鍵単位になるまで読んでから、
手を動かし始めてる」気がするんだよね。
二音節とか省略語とか、
何が混ざってるかまではわからないけど、
最初の課題文で言えば、
「失敗体験はありますか」では、
失敗/体験は/ありますか
で仮に区切れるとしたら、
「失敗」まで区切って読んでから手を動かし、
「体験は」まで区切って読んでから手を動かし、
という感じを受ける。
(細かい区切りはわからない)
広義のレイテンシーではある。
これがいずれ滑らかになり、
無意識化することは期待できるが、
過渡期の打鍵として貴重な資料だと思う。
そうそう、
初めてじーびすさんに会った時、
まだメジロ式ができたばっかりで、
「ついつい二字熟語ばかりで書いてしまうのでは?」
と質問したら「そう」と答えがあったが、
次半年後ぐらいになったら、
「それはなくなった」と話していた。
まあ、メジロ式なるものが身体に入ってくる時の、
過渡期の反応なんだろうな、と理解した。
たとえばカナ漢字変換ができるワープロができた頃、
「日本語の文章が乱れる。
本来書けない漢字を書けるようになるから、
漢字ばかりの文章が溢れてしまう」
という事が真面目に議論された。
これも過渡期の現象だったんだろうね。
ただ、手書きの頃は、
「書けない漢字は辞書で調べて書けるようになる」
という書き手の努力があり、
常に賢くなっていたが、
最近の書き手は調べる手間をかけてないだろうな。
このことによって、
結果的にアホな文があふれることになっているのは、
予測できそうだ。
1997年に会社に入った頃は、
まだ本棚に広辞苑と漢和辞典が置いてあった。
今はオフィスにそんなものはないだろう。
「辞書くらい置いとけや」という感覚はもうないよね。
話がそれた。
この過渡期はいずれ全ての人には消失して、
なめらかに馴染むのだろうか?
ここからがウォッチのしどころだね。
2026年07月07日
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