現実にはこんなことはあまり起らない。
心配し過ぎ、杞憂であった、
となるだろう。
だけど物語はエンターテイメントだ。
起こる。しかも最悪の形でだ。
「杞憂」の語源は杞の国の憂さんという人だ。
彼は天が落ちてくるのを心配して、
なんとかして支えようとしたそうだ。
(八卦掌の最初の形はこのエピソードを拾って、
「杞人支天」という形があるよ)
これが事実ならば、
まあそんなものか、落ちてくるわけねえじゃん、
ってなるけれど、
これがフィクションなら、
なにかをきっかけに本当に天が落ちてきて、
気ちがい扱いされていた憂さんが、
実は正しかったのだ、
というストーリーになるだろうね。
心配事は、
ストーリーにおいては極上のスパイスだ。
「プロジェクトは走り出した!
成功するか?」
というストーリーでは、
最悪の失敗が、最悪のタイミングでやって来る。
そこからどん底になり、
どうやって逆転するか、というのがポイントだからだ。
「あの子のハートをゲットだぜ!
あの子もちょっと俺のことを好きになりかかってる?」
というストーリーでは、
必ず最悪のことが起こる。
彼女は別のイケメンと付き合ってしまうだろう。
しかも勘違いしてデートに誘えた、
と思った直後、最悪の形で現れるはずだ。
つまりあなたというストーリーテラーは、
わざと心配させる必要がある。
そして「起こらないかも」と一回は思わせておいて、
最悪のタイミングで、最悪の形でそれを起こすとよい。
それには、危険を意識付けるとよい。
ほんとうに起こることを意識づけると、
単なるネタバレになってしまうので、
多少甘い不安にしておくと良い。
杞憂の話でいえば、
天がいつか落ちてくるかも、
と心配しているレベルの不安であれば、
最悪の日(たとえば憂さんが国家試験のテストの日)に、
最悪のことが起こればよい。
たとえば、天だけでなく、月ごと落ちてくる、
という風にだ。
それで災厄が起こっても良いし、
落ちて来るまであと七日と分って、
憂さんがそれを止めに行く話でもいいよ。
そう。こうやって話は急に面白くなるのだ。
あとは月の落下を止める話と、
最悪の日のこと、国家試験のことを、
ラストに同時解決すれば、
めでたしめでたしになるだろう。
(たとえば国家試験は万有引力の問題が出るとかね)
こうやって、話をつくると良い。
もちろん、こうしないやり方もある。
だけど、不安は的中しないと面白くないし、
不安のない安心する話は面白くないものだ。
ということで不安は的中するのだ。必ず。
そして、面白い不安の的中というのは、
予想を超えた最悪のものが、
最悪のタイミングでやって来ることだよね。
そのコントロールこそが、
ストーリーテラーの腕の見せ所といってよい。
2026年08月03日
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