2026年07月20日

【薙刀式】qwertyは2度「正しい」ときがあった

ラクダエンさん:
> qwertyは「かつて正しかった」ことさえ一度もないじゃない

歴史を俯瞰すると、
英語配列においては一度、
日本語配列において一度、
あるんだよなあ。


英語配列:

タイプライターコンテストのとき。
当時の二大タイピストが直接対決。

ライバルは「カリグラフNo.2」。
なんと大文字と小文字別置の、
26×2=52キー(現物は数字や記号もふくめて72キー)のタイプライター。
くわしくは安岡さんの記事にある。
https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/typewriter-ad13
配列だけ引用するとこう。
IMG_6798.png

いやキー多すぎでしょ。
当時ブラインドタッチはまだのはず。

対するレミントンはqwerty配列。
シフト機構(プラテンという発明)があり、
大文字と小文字の同置に成功したものだ。

勝負はqwertyの勝ち。
そりゃそうだろ。あんな化け物みたいなの打てねえわ。


ということで、
ここでqwertyが支配的となる分水嶺となった。

我々は今文字の配置を云々しているが、
それ以前の問題、
「シフトキーがあるかないか」で勝負が決まっていた。

このあと「では文字の配置を練り直そう」と、
発明者のショールズは思っていた形跡があるが、
もう売れたのでこのままいく、
とレミントン社長は判断した。

というわけで、
歴史上勝ったのはここ。
相手がヘボ過ぎたともいえる。


ちなみにDvorakがタイピストを養成して、
何度かタイピングコンテストで勝ってるはずだが、
結局「もうqwertyに慣れてるので……」
という空気に押されたのはたしかだね。

アメリカ海軍が導入を検討したが、
「すでにある通信網(道具も兵も)を全部置き換えるコスト」を、
嫌がったのだそうだ。
まあデジタルプログラムじゃなくて、
物理機械機構だからねえ。
可塑性のある時代ではなかった。

 出典: 安岡孝一、素子「キーボード配列QWERTYの謎」


100年先を見据えた政治ができないのは、
どこの国でも同じであろう。
仮に1人見据えた人がいても、
周りが「今導入できる時期ではない」と、
止めるんだろうな。
政治は権力の均衡=こっくりさんだからな。



日本語配列:

黎明期のワープロ時代では、
親指シフトが一時期天下を取った。
2番手はJISカナ配列。
電報電信に使われた電電公社由来の配列。
qwertyローマ字はマイナー派閥だった。

だけどこれは、
「訓練された専門オペレータ」の話。

qwertyローマ字が勝ったのは、
「パソコン」の誕生とともにだ。


「キーボードアレルギー」という言葉が流行った。
あんなたくさんのボタンを扱えるはずがない、
という恐怖心だ。
ここでqwertyローマ字が旧浮上。

ライバルはJISカナ、新JIS、M式。
(親指シフトはいわゆるパソコンではなかった)

どれもqwertyより複雑だった。

そして、
「英語も打てるから」というのも決め手になり、
qwerty/qwertyローマ字が、
覇権を取った。

 出典: https://www.ritsumei.ac.jp/ss/sansharonshu/assets/file/59-4_3-05.pdf
 それを元に論考: https://oookaworks.seesaa.net/article/510154018.html?1784500954#gsc.tab=0



歴史から学ぶことはふたつある。

「ややこしいことより簡単なほうをとる」。

「慣性効果(今あるやつを変えたくない。
仮に心理的なものをクリアしても物理コストがある。
現代においては時間コストもあろう)」。


フリックがqwertyローマ字を脅かしたのは、
スマホにおいてqwertyより簡単だったからだ。
(ただしスライドができない人もいて、
その人はqwertyを使わざるを得ないという)

だけどフリックで英語を打つのは結構つらい。
それが理由でqwertyを使う人もいる。


人は、合理的な選択をするわけではない。
「今苦痛から逃れたい」だけで生きている。

なぜなら、
「少し苦労をすれば幸福になる」ことがわかっていても、
我慢するのはつらいからだ。
このギャップを超えた人が幸福を掴むのだが、
ギャップを超えた人全員が掴んでないのが、
そもそも努力ギャンブルに見えるところだ。

というわけで、現状維持安牌になる。



歴史的には、二度、qwertyは勝利している。

どちらもライバルがややこしすぎたことでだ。


ちなみに国家的書き換え実験は僕は二例知っている。
一つは失敗(廃止)、もう一つは現状厳しい。

前者は日本語カナ配列の新JIS。
後者はフランス語のBEPO配列。

新JISは誰もがブラインドタッチできることを目指した、
名作配列のひとつだけど、
設計の趣旨であるセンターシフトではなく小指シフトで実装されて、
実質使いにくかったことや、
当時は(今でも)ブラインドタッチは主流ではなく、
それを学ぶ動線が用意されていなかったこと、
目で見たら1キーに2カナ置いてあるので、
qwertyローマ字よりも文字を探すコストが高すぎること、
などが不評の原因であろう。

つまり、設計意図通りに提供されなかった、
というのがそもそもの不幸だった。


フランスでは長らくqwertyをアレンジしたazerty配列が主流だが、
10年くらい前に、
フランス政府が急に第二配列としてBEPOを制定した。

フランス語に詳しくないので詳細は不明だが、
普及度合いは厳しいらしい。
(AI検索でBEPOに関連する人々の反応や現在の浸透度合いを教えて、
と聞いても芳しいものは出てこない。
もし普及に関する情報を持ってる方がいたら教えてください)



というわけで、
大西配列くらい簡単だとしても、
慣性効果で普及しないと僕は考えている。

なぜなら人は合理的美しさのために、
いっときの苦痛を甘受しないから、だ。

合理的良さを判断して、
苦痛のトンネルをくぐれるのは、
人口の数%いるかなあ、という感覚だ。

これは、
「必ずしも良い商品が売れるのではなく、
売れてるものが売れる」
「必ずしも良い映画がヒットするのではなく、
ヒットしてるものがヒットする」
「売れそうなものを狙って仕掛けても、
当たることは少ない
(ヒットの法則などとして宣伝されるのは、
ピラミッドの頂点だけであり、死屍累々は隠蔽されている)」
という流行の経験則と、
かなり一致すると思う。

たとえばタイタニックや鬼滅に抜かれるまで、
邦画の興行成績No.1は「南極物語」であった。
なぜこれがヒットしたかはだいぶ明らかになっていて、
内容もファミリー向けというのもある
(親子連れは単独客より金が稼げる)が、
「E.T」上映時の予告編で流れたから、
というファクターが大きいらしい。
作品性と異なる部分でヒットは決まってしまう例だ。




そもそも「ブラインドタッチにおける合理性」を、
人々は知らない。

ブラインドタッチ自体が、
自転車に乗る技能よりもマスターが大変で、
その身体技能をきちんと教えてくれるところはなく、
「自習」「自得」になっているからだろうか。

ましてや、
そもそもブラインドタッチ合理性の低いqwertyローマ字では、
標準運指の合理性を学べているとは思えない。
(合理的標準運指とは、
中段をよく使い、人差し指から順にするかよく使うものであるべきだ。
そうなってない配列を使うのに向いてる方法論ではない)


というわけで、
大衆は、楽な方にいく。



大元の話に戻ると、
qwertyローマ字は、
「たくさんのキーを打つライバル
(カリグラフ、JISカナ)よりも、
『楽そうだという意味で』正しかった」
が2回ほどあり、
それで勝負あったになった歴史がある。

フリックがここに食い込みかけてる、
くらいかな。
それよりも音声入力の方が楽そうに見えるよね今は。



ブラインドタッチだけで見ると、
僕は新配列の方がqwertyよりも楽だと評価する。
だけど、
パッと見(配列図)ではそれがわからないから、
パッと見以外でアピールしないと、
正しさを証明できないのよね。

打鍵動画はひとつのプレゼンだけど、
比較しないと楽そうかどうか、
動線が合理的かどうか伝わってるかは怪しい。


2度の勝利は、
いずれも「パッと見楽そう」が決めている。

ブラインドタッチ合理性で決まっていない。



僕が新配列三傑につばめ配列を入れたのは、
「パッと見楽そうに見える」からだね。
ブラインドタッチ合理性は、あるっちゃあある、
くらいかな。


で、仮にパッと見楽そうでも、
現状維持慣性と、
英語をどう打つか問題があるからね。

3つ山超えないと無理筋。
大西配列ですらVimどうすんのって聞かれるしなあ。
(ふるごさんによれば、
カーソル移動をのぞけば使えるそうだ)


歴史が書き換わればおもしろいかもしれないが、
「そもそも人はそんなに書きたいことがない」
のも問題だ。

ということで、
薙刀式は、
「ゴリゴリ日本語を書きたい人、ずっと書き続けたい人、
とくに物語を書く用」
とターゲットを狭く設定している。

もちろんそんな人以外にも薙刀式の便利さは享受できるが、
それくらいモチベや好奇心がないと、
3つ山を超えるのは難しいと思う。
posted by おおおかとしひこ at 11:03| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック