これは速い。
これだけ速く書けるなら、新配列いらないかもしれないレベル。
こういうのを、10年前に見たかったなあ。
https://x.com/slowly102525/status/2078832399417503744?s=20
興味深いのは、
かなり変換単位が長いこと。
ふつうこれだけ長いと、
たいてい思い通りに変換してくれないので、
僕は文節単位くらいで変換をかけるんだけど、
意に介していない?と思うレベルだ。
おそらくこの人のタイプは脳内発声があり、
脳内の言語は音なんだと思われる。
つまり漢字ではないということだ。
僕は脳内が漢字であり、音を発生しないので、
ひらがなはひらがな、漢字は漢字、
などと書き分けたいのだが、
おそらくこの人は「ちょうど良く変換してくれるならなんでもよし」
と考えているのだと思われる。
もちろん、日本語の文章というものは元来そうではないのだが、
これは「IMEがいい塩梅に変換してくれる」
という環境に特化した文章の形であるように見える。
(いいか悪いかの判断はおいといて)
文中、「自認」が「辞任」に、
「飽きた」が「秋田」に誤変換されているが、
これは打ち始めの最初のほうの単語だから、
まあ変換されるやろ、という見積もりで、
チェックをしていないものだと思われる。
まさかそっちに変換するのかよ、
って考えてもいないやつだよね。
だからライブ変換に近いのかもね。
最長一致法でやる限り、長文のほうが変換精度があがる原理だ。
だけど、微妙なミスがあったり、
そもそも「脳内で思った表記になっていないこと」
があることが、
僕は最大に問題視している部分だ。
おそらく、脳内発声があり、
音が原義であるようなタイプの人は、
ここが気にならない可能性がある。
なので、僕とは全く違うタイプの人のタイピングで、
非常に興味深い。
ここまで他人のqwertyをじっくり見たことはない。
たいてい失礼にあたるだろうし、
こんなにガン見されて、
まともに文章を書ける豪気な人はいないだろうからね。
だから、これは、
どちらかというと、
話すことと、書くことが分離していない人の書く文だと感じた。
本人の「国語力がない」という自認は、
「話せるけど書けない」ということだろうと思う。
「思い出について語る」というのはその最適解で、
過去の出来事を話すのは、比較的誰にでも出来ることだからね。
ある結論を立てて、問題設定して、
論を展開して、起きうる反論に対して反論して、
最終的に結論へ導こうとするような文章は、
口頭で話すことは大変難しいと思う。
さて。
qwertyをかなりの程度までやりこむと、
話すようには書けることが、
僕は初めて確認することが出来た。
思えばKIHのインタビュー動画も、
話すようなことを書いてもらったので、
実は「論を立てる」ような、
書く文特有のことをやると、
うまく行かなかった可能性もあるかもしれないね。
「話すことと書くことは同じか」
という問いがある。
僕は異なると思っていて、
だから僕はこれだけ書ける。
(その代わり話すのは苦手だ)
一方、同じだと思う人は、
タイピングはどんなものでもいいのかもしれない。
道具の効率違いレベルで認識は終わっているかもね。
僕は、ペン先が違うと絵が変わってしまうレベルで、
筆記用具には敏感なので、
それじゃあ困るという観点から、
薙刀式やら自作キーボードやらをやっていることが、
これを見て理解できた。
小学生の国語教育で、
「遠足の思い出」など、
あった出来事を書かせる教育は、
話すことと書くことを同一視したものだと思う。
まあ初心者はそこからやろう、という配慮は分る。
中学生、高校生になって、
ようやく小論文だ。
そもそも大学生になってやっと論文を書かせるような日本の国語教育は、
かなり遅れているとも言えるなー。
フランスの大学入試は、
たとえば「神について論ぜよ」みたいな、
答えのない問いを立てて、まともに議論できるか
(テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼなど)を問うようなものだと聞く。
とてもまっとうな入試だと感動したことがあるが、採点大変そうだよね。
書く意識の高い?物語の書き手は、
大体中学か高校あたりから創作を始めると思うけど、
このあたりで話すことと書くことが分離し始めるのかもしれない。
さて。
僕のキーボードに関するすべての議論は、
書くことについてのものであった。
ほとんどの人にとって、
キーボードは話すことについてのものである可能性があるな。
この指の能力で、本格的な文章を書くとどうなるんだろう。
結局、人に渡せるレベルのものを書くには時間がかかると本人も証言しているが、
「最終的に出力できるまでにかかる時間」で測定すると、
1842は1000とか500に落ちるかもしれない。
僕は、その速度を速くする工夫をずっとしている。
この速度、1800で書ける筆記用具はつくれるかなー。
一応ここまでは人間は可能であることは分ったのはかなりの収穫だ。
正直、ここまで違うとは予想外だった。
文節の単位がー、とかその速度のばらつきがー、
とか見れるかなーと思っていたのだが、
意外と均等で、かなり訓練されたものを感じたね。
あと仮説として気になるのが、
「これはこの道具で最適化された書き方だ」
ということが言えそうな気がする。
つまり、
「この道具で書いているかぎり、
こうした文章が最適解になる可能性」だ。
道具が文章を規定してしまう可能性だ。
僕はqwertyに自分の文章を歪ませられている感覚があるので、
国語力が低いのではなく、
この道具で頭打ちになっている可能性は指摘しておこうかな。
だからこの方に聞きたいのは、
メジロ式になって文体や内容が変わったか?
(仮説としては音を扱うものだから、
効率があがっただけで文体は変わらないと思われる)
と、
もし薙刀式をやるならば、
同じ問いをしてみたいのよね。
2026年07月20日
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