2026年08月17日

「ぶっ飛んでいる」には二種類ある

ぶっ飛んでいるものはいいものだ。
クリエイティブとはぶっ飛ぶことでもある。
人はぶっ飛んでいるものを見たときに、
ああ、すごいものが来たと思うのだ。

そして、そのぶっ飛び方には、
大きく分けて二種類あると思う。


それは、ボケとツッコミに分類できる。

ぶっ飛んでいる、ということの意味は、
「常識から外れている」ということである。
ある常識という枠組みがあり、
その外にいればいるほど、
ぶっ飛んでいると思うわけだ。

その点に到達するのに、
二種類のやり方があるということだ。


ボケのやり方はナチュラルだ。
つまり、何も考えずに、
常識の外に行く方法だ。
常識を知らずに、常識から外れる方法だ。

下手に常識を知っていると、それが枷になるから、
素人のように常識の檻をことごとく破っていく方法である。

日本の常識を知らない外国人のようなものだ。
業界のルールをよく知らずに、
ジャニーさんに文句を言うようなものだ。

どの界隈にも暗黙のルールのようなものがあり、
それをどう破るかは、
知らない人のほうが簡単に線を踏んで、破っていく。

知らない人の方が自由にアイデアを考えることが可能だ。
だから、ぶっ飛ぶことは出来る。
だけど失敗率も高い。
色々失敗したから、そういうルールが出来たのであり、
そうはならないから、そういう常識になったわけだ。
だから、結局うまく行かない、
という失敗率が高くなることが良くある。


もう一つはツッコミタイプだ。
これは常識をよく知っているがゆえに、
常識の枠がはっきり分るため、
その外か内かを分るタイプ。
ギリギリ外はどこか、大分外はどこかを、
見極めつつ、常識の外に出るタイプ。

つまり、ギリ許されるぶっ飛びを理解しつつ、
狙って飛ぶことが出来る。
知的なぶっ飛び方ということだ。

これは常識力が必要であり、
常識を崩す力が必要であり、
中途半端なぶっ飛びでは許さない、
自己検閲力が必要である。
だから難しい。

中途半端に常識の外に出ることは誰でも出来る。
常識ギリギリグレーまで行けばいいだけだからだ。
これはチキンレースに似ている。
ギリギリの警告を楽しんでいればいいからね。
それを外れて、
レッドゾーンまで行けるかは、
かなりの知的なバランス感覚がいるだろうね。


だから、ナチュラルにボケてぶっ飛ぶパターンと、
冷静にツッコミで狂うパターンの、
ふたつを使い分けられるのが理想だ。

実際には、
知らない状態で、
ボケてぶっ飛んだものをつくっておき、
その後徹底的に調べて、
それが成立するボケかを、
ツッコミとして検証する、
というやり方が、
もっともボケられて、
もっとも常識から外れたものになるだろうと思う。

ボケは打率が悪いが遠くまで行ける。
ツッコミは飛距離は出ないが、打率が良い。

ホームラン狙いと出塁狙いを組み合わせて、
冷静と情熱を使いわけて、
ぶっ飛ぶのだ。

そして、真のぶっ飛びは、
「常識も非常識も全部分った」として、
「じゃあ、すべてのボケとツッコミを把握した上で、
ここまで遠くぶっ飛ぼう」と、
知的遠投が出来る人のことだろうな。



ぶっ飛んでいる人というのは、
ただ頭のねじが外れている、
危険人物ではない。
それはただの狂人である。
そうではなく、常識と狂人を使い分けられる人のことを言う。

今狂っていい? 今常識に戻るべき。
その境界線を自由に行ける人のことだ。


ぶっ飛んだアイデアは、誰もが欲しがる。
軽々と常識の枠組みを超えよう。
意図的にだ。
それが出来る人を、
クリエイティブと呼ぶ。

そして、ぶっ飛びにすべての責任が取れなければ、
作者とは言えまい。
このような理由で、常識をここまで崩せる、
というのが、
正しいぶっ飛びである。
それは、つまらない常識を崩しているから、
面白いと思わせるわけだね。



ただ狂っているものを人は面白いとは思わなくて、
つまらない常識というものが先にあるから、
それが崩れていくさまが「面白い」と思うのだ。
ぶっ飛ぶ目的があるということだ。
posted by おおおかとしひこ at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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