ぶっ飛んでいるものはいいものだ。
クリエイティブとはぶっ飛ぶことでもある。
人はぶっ飛んでいるものを見たときに、
ああ、すごいものが来たと思うのだ。
そして、そのぶっ飛び方には、
大きく分けて二種類あると思う。
それは、ボケとツッコミに分類できる。
ぶっ飛んでいる、ということの意味は、
「常識から外れている」ということである。
ある常識という枠組みがあり、
その外にいればいるほど、
ぶっ飛んでいると思うわけだ。
その点に到達するのに、
二種類のやり方があるということだ。
ボケのやり方はナチュラルだ。
つまり、何も考えずに、
常識の外に行く方法だ。
常識を知らずに、常識から外れる方法だ。
下手に常識を知っていると、それが枷になるから、
素人のように常識の檻をことごとく破っていく方法である。
日本の常識を知らない外国人のようなものだ。
業界のルールをよく知らずに、
ジャニーさんに文句を言うようなものだ。
どの界隈にも暗黙のルールのようなものがあり、
それをどう破るかは、
知らない人のほうが簡単に線を踏んで、破っていく。
知らない人の方が自由にアイデアを考えることが可能だ。
だから、ぶっ飛ぶことは出来る。
だけど失敗率も高い。
色々失敗したから、そういうルールが出来たのであり、
そうはならないから、そういう常識になったわけだ。
だから、結局うまく行かない、
という失敗率が高くなることが良くある。
もう一つはツッコミタイプだ。
これは常識をよく知っているがゆえに、
常識の枠がはっきり分るため、
その外か内かを分るタイプ。
ギリギリ外はどこか、大分外はどこかを、
見極めつつ、常識の外に出るタイプ。
つまり、ギリ許されるぶっ飛びを理解しつつ、
狙って飛ぶことが出来る。
知的なぶっ飛び方ということだ。
これは常識力が必要であり、
常識を崩す力が必要であり、
中途半端なぶっ飛びでは許さない、
自己検閲力が必要である。
だから難しい。
中途半端に常識の外に出ることは誰でも出来る。
常識ギリギリグレーまで行けばいいだけだからだ。
これはチキンレースに似ている。
ギリギリの警告を楽しんでいればいいからね。
それを外れて、
レッドゾーンまで行けるかは、
かなりの知的なバランス感覚がいるだろうね。
だから、ナチュラルにボケてぶっ飛ぶパターンと、
冷静にツッコミで狂うパターンの、
ふたつを使い分けられるのが理想だ。
実際には、
知らない状態で、
ボケてぶっ飛んだものをつくっておき、
その後徹底的に調べて、
それが成立するボケかを、
ツッコミとして検証する、
というやり方が、
もっともボケられて、
もっとも常識から外れたものになるだろうと思う。
ボケは打率が悪いが遠くまで行ける。
ツッコミは飛距離は出ないが、打率が良い。
ホームラン狙いと出塁狙いを組み合わせて、
冷静と情熱を使いわけて、
ぶっ飛ぶのだ。
そして、真のぶっ飛びは、
「常識も非常識も全部分った」として、
「じゃあ、すべてのボケとツッコミを把握した上で、
ここまで遠くぶっ飛ぼう」と、
知的遠投が出来る人のことだろうな。
ぶっ飛んでいる人というのは、
ただ頭のねじが外れている、
危険人物ではない。
それはただの狂人である。
そうではなく、常識と狂人を使い分けられる人のことを言う。
今狂っていい? 今常識に戻るべき。
その境界線を自由に行ける人のことだ。
ぶっ飛んだアイデアは、誰もが欲しがる。
軽々と常識の枠組みを超えよう。
意図的にだ。
それが出来る人を、
クリエイティブと呼ぶ。
そして、ぶっ飛びにすべての責任が取れなければ、
作者とは言えまい。
このような理由で、常識をここまで崩せる、
というのが、
正しいぶっ飛びである。
それは、つまらない常識を崩しているから、
面白いと思わせるわけだね。
ただ狂っているものを人は面白いとは思わなくて、
つまらない常識というものが先にあるから、
それが崩れていくさまが「面白い」と思うのだ。
ぶっ飛ぶ目的があるということだ。
2026年08月17日
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