タイピングゲームは創作家にとって害まであると思う。
なぜなら文体が汚染されるからだ。
タイピングゲームがなぜいいかというと、
成績が数値化されるため、
練習の目安になるからである。
じゃあ、別の数値化できる練習法がいいと思う。
僕は、「○○字(変換後)/10分」
で数値化すればいいんじゃね?という提案をする。
そもそも他人の文章を写すのは自分の文体が守れない。
ランダムワードの練習なぞ最悪だ。
文章というのは次に来る文は一意に決まる情報量のコントロールであり、
エントロピー最大のランダムを練習するのは、
最悪手まである。
あることばが来たら、連想ゲームのように、
次に何が来るかを想像することが、
文章を書く訓練になるからだ。
また、タイピングゲームの例題はたいてい名文ではない。
それを真似していたら文のレベルが下がってしまう。
頭のレベルは下がらないかもしれないが、
手癖の話をしている。
手癖をつけることが練習なのだから、
たいして良くもない手癖しかつかないわけだ。
だったら、
最初から最高の手癖をつける練習をするべきじゃないか?
最高かどうかの議論はおいといて、
そもそも自分の文章を練習しないで、
創作家とは言えまない。
ということは、ひたすら自分の文章を書くのが、
もっとも合理的な練習である。
寄り道している場合ではない。
というわけで、
あなたは自分の文章をひたすらその配列で練習すればいいだけだ。
数値化しないと目標が立たず、
タイピングゲームのような成長感覚が得られないというならば、
最低10分以上書いて、
文字数と時間を測ればよろしい。
文字数はそのへんのエディタならば、
選択して測定することが出来るだろう。
時間は書き始めた時刻をメモっておけばよく、
書き終えた時の時刻もメモればよい。
これを1回だけでなく、
複数回やるだけでいい。
考える時間が多い文章や、少ない文章もあるだろう。
話題によっては行ったり来たりするだろう。
それでも数を集める、たとえば100以上集めれば、
成長の傾向は分ってくる。
この期間からこの期間は500くらいだったが、
最近700くらいになってきたな、とかだ。
有効数字は上1桁くらいでいいんじゃないかしら。
540と500は大差ないと考えれば、
あまりスピードを気にせずに書けると思う。
まずリラックスすることが大事だからね。
というわけで、何かしらのファイルをつくり、
そこに文字数と時間を記録していく。
エクセルなら関数で割り算をつくれるが、
計算機で手計算してもそんなに手間は変わらないと思うよ。
これを毎日、一か月程度続ければ、
成長を実感できると思う。
タイピングゲームをやって一喜一憂するのも面白いが、
そもそもあなたはタイピングゲームをやるために生まれてきたわけではない。
創作をやるために生まれてきた人間のすることではない。
なので、
自分の文章で、ひたすら計測することが、
一番寄り道をしなくて、合理的に練習する方法だ。
タイピングゲームの功罪は、
僕はどうでもいい。
タイピングゲーム好きの間でやればいいよ。
その汚染から文筆家が身を守る方法のほうが、
よっぽど大事だね。
自分の文章を書こう。
そのときにqwertyローマ字は合理的ではない。
もちろんJISカナもだ。
そう思う人は配列を変えよう。
キーボードを変えよう。
一番いい万年筆を探すのと同じだ。
qwertyローマ字は、
長文で日本語を書くための構造をしていない。
だからその構造をしている道具を選ぶべきだ。
薙刀式はそのひとつの選択肢であり、
練習の仕方はすでにマニュアルに示してある。
一般的な新配列の練習の、初期はタイピングゲームは有効で、
楽しみやくやしさを味わうエンターテイメントとしては手軽だが、
それはゲームであり本道ではない。
本道にさっさと戻って、
自分の文章で数値化していくのが、
練習として近道だと思う。
学問に王道なしなので、
王道が一番近道だね。
単に、あなたが毎日書き、
毎日測定すればいいだけのことだ。
2026年07月31日
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汚染されるほど敏感な創作家もいると思います。
向いてなくても創作家を続けたい人もいます。
自分で決めることですね。
はい。その100の文体を維持するのに、
他人の言葉はノイズですね。
自分から出ていく言葉と、
他人の言葉を自分に入れてまた出すのは、
まったく別の所の棚なので、
それがごちゃるのは自分の感覚を崩すことになります。