2026年08月03日

みいちゃんアニメ化に対する声

みいちゃんはTwitterで回ってきているときは、
危険な漫画に見えた。
望月さんと同じタイプのやつ。
「闇を見るだけ見たい」という、
怖いもの見たさのやつだね。

今度アニメ化するらしい。
恥も外聞もないもんだ、もっとなかったのかよ、
と思っていたら、こんなツイートを見たので。
https://x.com/WataruAsada/status/2084051270554517928?s=20


えー、最後殺されて終わるの?
救いがないなー。
結局弱者が利用されて終わりました、
という何もないやつじゃん。

現実がそういうものだとしても、
僕はそれが物語になるからには、
なんらかのなにかがあるべきだと思うのだが、
「みいちゃんの人生は、何にもならなかったです」が答えだとしたら、
それを見るのに胸糞でしかないんじゃないかしらね。

怖いもの見たさというのは人間にあって、
それを見ては、「あー、今の俺は幸せだなー」
というのを得たいためにあるんだよね。
それはバラエティとかの役目だったのだが、
それがアニメまで来たという感じかしらね。

もちろん深夜アニメだよね。
じゃあまあなくもないが、
殺されておしまいになる弱者の話を見て、
何がおもろいんや?って話よな。

弱い者たちが夕暮れさらに弱い者を叩く、
と言ったのはブルーハーツだったか。
深夜にアニメを見る人たちが、
もっと弱い女を見てすっきり?するのかしら。
それくらい、
中流社会はもうなくて、
格差社会が完成したということかもしれない。

この先あるのは、
みいちゃんキャバクラとか、みいちゃん風俗よな。
現実に全然ありそうだ。

某AV女優のドキュメントを見たときに、
普段セックスしている姿しか見てなかったから知らなかったが、
普段のほんとうはこんな感じなんだ、
とドン引きしたことがある。
結構知的障害が入っている感じだったんだよね。

それを見てから、
ちょっとちんこが立たなくなったなー。
なんか利用している感じがしてしまって。
でもそれがこの人の楽しくて唯一稼げる方法ならば、
ちんこは立たせるべきなのだろうか。



みいちゃんは色々あったけど、
理解者に会えて、
今は普通に暮らしています、
というラストに書き換えるとしよう。

それならまだ社会的支援の意義や意味が出るのかしらねえ。
ただ死ぬラストには多分しないと思うがなあ。

もちろん、どういうものなのか良く知らないまま、
話をしているので、ちゃんと漫画を読んでから、
この問題は考えるべきかもしれない。

食ベスギ望月さんも同じよね。
異様な人(ダメな方向で)を見ることが、
娯楽になっているよね。


この人は実際に障害者と向き合っている人だから、
その辺のリアリティラインが厳しいのだと思う。
まあ当事者みたいなものだからな。

どういうラストならこの人の言う問題をクリアできるか、
考えてみたいね。



レポーターは、ただレポートするだけで良いのか?
社会的意義や解決まで含んでレポートするべきか、
ただセンセーショナルなレポートして客を集めて、
金を稼ぐだけでよいか?

文春砲や、昔のFF戦争も含めて、
社会的な暗部をネタにする責任問題があるよね。

「闇金ウシジマくん」や「九条の大罪」は、
最後まで読んでいないが、
そうした露悪の流れの系譜の話だ。
救済、あったのかしら。

いずれ、移民や継承の問題の話も出てくるだろう。
日本はこうやって静かに分解していっているのかもしれないなあ。


作者が高潔であれ、とまでは言わないが、
以下を見るとうーん、って思っちゃうね。
https://x.com/qwerty84143764/status/2084087740531179535?s=20


なんとなくだが、品のラインを超えたと思う。
僕は比較的人間はなんでもありだと思うタイプだが、
品がないと思うなー。
posted by おおおかとしひこ at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック