城戸賞で検索してたら、以下のようなツイートを見つけたので。
> シナリオの体裁はちゃんと出来てると思うし基礎の基礎で落ちてるとは思えなくて。城戸賞の時のシナリオ診断で基礎がしっかり出来てると言われてるし(他のも同じ書き方してるから平気なはずだし)もう好みの問題が
シナリオ自体の出来はわからないが、
審査員が全文読んでるとは限らないよ。
1人50本ノルマがあると想像しよう。
まずあらすじを読んで、できてないのは後回しにするのでは?
(全部読まないかどうかはわかりようがない)
まずあらすじを把握する。
そう言っていることが本当に書けてるか、
嘘ついてないかをまずチェックする。
あらすじだけ調子いいこと書いてる、
嘘つきを落とすためだ。
全部読むのはコストがかかるので、
冒頭本文-あらすじ、
結部本文-あらすじ、
をチェックする。
嘘ついてたらそれ以上読まない。
大体できてるな、と思ったら次の棚へ置いておく。
さて、嘘ついてないやつが35本あるとする。
その中で何から読もうかな?と並べた時、
タイトルとあらすじを見比べるのでは?
ということだ。
そのときに、あらすじがおもしろくなさそうなら、
本文もおもしろくないんじゃね?
と予断が働くことになる。
じゃあおもしろそうなやつから読んだろ、ってなるよね。
もちろん、好みもあろう。
アクションが好きな審査員が、
しっとりした人間の機微を好きとは限らない。
とはいえ一次だから、
好みは抑えて評価してくれると信じたい。
でもその保証はない。
たぶん一番ありえることは、
あらすじが本文を反映してないことなんじゃないか。
あらすじを読めば本文が予測できて、
本文を読めばあらすじがその通りだ、
となってないんじゃないだろうか?
僕はあらすじだけで1週間かかる。
ほんとにそれでいいのか?
おもしろさをとりこぼしてないか?
本文読まないとわからないことを書いてポカーンとならないか?
などをいつもチェックする。
本文にどっぷりつかってればつかってるほど、
あらすじ脳で俯瞰することはかなり難しい。
この切り替えもプロに必要なことだよね。
あなたはプロのセールスマンである。
この本文を書いた人とは違う人だ。
この本文を読んでない人に、
最大限に読みてえなあと思わせるあらすじを書け。
そしてはじまりからオチまで書け。
ネタバレしてるのに、
「よみてえ」となるのが本物だ。
ダイジェスト見てもつまんねえよ、
おもしろそうだからイチからよませろよ、というのがほんとうのあらすじだ。
少なくとも、
映画が嫌いで審査員をやる人はいない。
みんなおもしろい映画に飢えている。
その人たちのハートをつかむ、
「はやくよませろ」にあらすじがなってるかを、
チェックしてないのではないかと思った。
「あらすじ」だから論理的に書いちゃうんよね。
事実ベースを並べて羅列しちゃう。
映画は感情で見るものだ。
古代ギリシャのアリストテレスすら、
「プロットは、たとえ視覚的効果の助けがなくとも、
出来事の展開を聞いている者が恐怖で身震いし、
起こっていることに同情を感じるように組み立てられなければならない」
といってるのだよ。
感情丸出しで、しかもあらすじがわかるように書くのがむずいのさ。
たぶんこれで1次は通る。
最終は通ったことないのでわからん。
これこそ審査員に当たり外れが出てきそう。
まあ、今年がなくても来年もあるさ。
新作を書けばいいのだ。
そうやって10本貯めることを考えなはれ。
2026年08月05日
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