2026年08月28日

プロの現場は、糞現場の方が多い

これは東京に来て初めて分った、
身も蓋もない現実。

糞現場というのは、「つまらない台本の現場」ということね。


アマチュアのころは、
プロになりたくてしょうがなかった。
アマチュアで映画をつくっててもあまり良くならず、
周りも糞みたいなのを作ってたから、
東京に出てプロになれば、
毎日夢のような作品に囲まれるのだと夢想していた。

だけどさ、東京に来て、
実際のプロの話を見聞きして、
会社に所属して毎日周りを見ていれば理解できる。
面白いものなんて、一握りしかないことが。

よくよく考えてみると、
映画の9割は糞だし、
テレビの9割は糞だ。
(今は10割かもしれないが、見てないので知らない。
昔の黄金期ですら、
1割しか輝くほど面白いのはなかったよ)

だから、会社の仕事も9割は詰まらないのだ。
だから糞現場ばかりなのだ。

人の良い人は、それでもにこやかに仕事をしている。
立派な人格者だと思う。
でもさ、面白いものをつくりにこの業界に入って、
内容が詰まらないものをつくるってさ、
もう宗教に反しているよね。

それでも仕事は回る。
会社を存続させ、
次の現場のチャンスを得るためだ。

僕は、なんでこういうことになっているのか、
だいぶ業界が長いが分らない。

企画が詰まらないからかなあ。
その企画が詰まらないって気づいていないのかなあ。
本気でそれを面白いって思ってるのかなあ。
色々な事情で妥協せざるを得なくなり、
みんな歯を食いしばって我慢しているのかしら。

本気で糞現場に行って、
「これ面白いと思ってます?」ってインタビューしたい。
それくらい、糞現場というのはありふれている。

怒号にみち、ブラックな現場というのは、
もう大分なくなったから、
肉体的な糞現場はほとんどもうないかな。
クリーンな職場になりつつあるよね。

でも、内容が糞なのは、
あんまり変わっていない。
むしろ増えたような感触がある。
面白い頂点がなくて、
それ以外の糞だけが残っている感覚。


なんでこんなことをみんなやっているんだろう?
それでも生きていかないといけないからだろうか。
面白いものをつくろうとして、
どうしてこんなに面白くなくなるのだろう?
それがクリエイティブの宿命で、
上澄みだけが面白いというものなのだろうか?


だから、僕は脚本が一番大事だと思っている。

面白い脚本を、現場でさらに面白くすることは可能だけど、
詰まらない脚本を、現場で面白くすることは出来ない。

ちょっとした工夫で、糞内容をごまかして、
面白くすることは出来る。
でも根治療法ではなく対症療法で、
そのカンフルは一時的だ。

だから脚本が一番大事なのだ。
面白くない脚本をつくっても、
糞にしかならないのだ。
脚本というのは、9割糞なのだ。
残り1割を見つける目利きが必要なのだ。

じゃあ、なんだったら面白いんだろう?
面白い脚本ってなんだろう?

表面的なセリフがいいとか、
表面的なギャグがおもしろいとか、
そういうことじゃないんだよ。
根本的に面白いかどうかなんだ。
事件に引き込まれて、展開に夢中になって、
解決したら満足して、
自分の人生と引き合わせて考えてしまうような、
「ああ、いい物語を見た」と思えるものが、
いい脚本だ。

それを、100の中から10見つけられるか、
ということなんだ。


多くの脚本は詰まらない。
嘘だと思うなら、
玉石混交の、film buyerを覗いてみると良い。
当たり率の少なさに、
あなたは絶望するだろう。

それは、多くの映画が詰まらないことと、
大きくは比例している。

だからつまり、ほとんどの現場は、
詰まらない脚本を、
一生懸命つくっているだけだ。
それを尊いとも言えるし、
やめちまえとも言えると思う。


我々が書く脚本は、
面白くなければならない。
せっかく上京して頑張ろうと思っている、
スタッフたちが本気で戦える内容にするべきだ。
どうやって現実化していいか分らないものを、
みんなで工夫してつくっていくって最高に面白いじゃんね。

そういう、白熱した現場を経験した人は、
一生ここで暮らしたいと思う。
僕は文化祭で映画をつくってそう思った。
プロになってから、
何回もそういう現場をつくった。
とくに思い出深いのはドラマ「風魔の小次郎」で、
映画「いけちゃんとぼく」は逆にやわらかな糞現場だった。
両者をわけたのは、
脚本の出来だ。
前者は面白い脚本を書き、
ほとんど修正がなかったのでそのままやれた。
後者は15回は書き直しがあり、
どんどん詰まらなくなっていって、
降りようとしたがデビューがかかっているから、
降りられなかった。
今タイムスリップできて、あそこに行けるなら、
降板を勧めると思う。
糞現場はやめとけと。


「この脚本でいい」となるのは、
ほんとうには脚本が読めない人が判断するからだ。
詰まらないものを面白いと判断したり、
ほんとうには面白いものを詰まらないと判断して見逃したり、
どちらか判断保留するものは通してしまったりすることが、
糞脚本をのうのうと生かすことになるだろう。

あるいは最初はいいと思ったが、
諸事情で最終稿は糞なのだが、
走り出した列車は止められないからつくっちゃう、
みたいなことかもしれない。
(東京2020のようにだ)


僕は糞脚本を殺したい。
そうしたらプロの現場は、
アマチュアの時に妄想したような、
キラキラしたなんでも面白い現場に満ちるだろうか。
結局氷山の一角しか、
面白いものがないのだろうか。
そのへんは良く分らないまま、
長いことこの業界でうろうろしている。


あなたに面白いものをつくる才能はあるか。
なぜそれは面白いと言えるのか。
相対的に何より面白いのか。
何よりは面白くないのか。

それを把握して脚本を書こう。
読めない人のために。

読めない人が脚本を読んで、
勝手に判断することがとても良くある。
企画書は、そんな人のために書く。
読めない人よ、こういうことが書いてあるぞ、
ということを書いてよい。

でも企画書は嘘をつける。
ほんとうには書いてないことを、
さも書けているように書くことが出来る。

内容を読める人が見たら、
嘘つきヤロウ死ね、ってなるんだけど、
そうじゃない人が企画書で企画を通してしまう。
これがプロの現場が糞が多いことの、
けっこうな理由だと思っている。



このブログを書こうとしたのは、
そもそも「面白い脚本とは何か」
ということにこたえたかったからだ。

10何年やっても、
うまく一言で言えるものになっていないが、
たくさんの要素を書いてきたように思う。


今日もプロの現場では、
糞みたいな企画や脚本が横行していて、
みんな疲れている。
肉体的にではなく、精神的にだ。
「詰まらない仕事を8時間やる」よりも、
「死ぬほど面白い仕事を21時間やる」ほうが、
人は輝ける。
後者は労基違反で、
前者に罪がないのがおかしい。
「糞詰まらない罪」を適用したくなるよな。
わりと最近、精神的に病む人が増えてきたように思う。
つまらない脚本の作品を作り続けるせいだ。

そうなるとどうなるか。
詰まらないものでもニコニコしてつくれる、
「出来はどうでもいい人」だけ残って、
「詰まらないものに納得いかない人」は、
黙っていなくなるか、精神を病むんだよ。
いずれにしてもいなくなる。

今プロの現場で起こっていることは、
ながらく続いた不景気で疲弊して、
糞現場でも続けられる人が残り続けていることだと思う。

この体制で、新しく面白いものを作り続けることが出来るのか、
ちょっと分らない。
もっと別のやり方じゃないと難しいんじゃないか、
って実は思っている。


まあ、
昔から映画やテレビの9割は詰まらなかったのだ。
1割の面白いものをつくればいいだけだ。

じゃあ、それはどこ行けばいいんだろう。
まだ僕は分っていない。
会社に入ったころの1997年当時は、
テレビCMはそういう業界だった。
今はそうではないと思う。

日本映画は今そうかな?
ネットフリックスはそうかな?
テレビドラマはどうかな?

たまにあのころの戦友と飲むと、
これからどうする? どこなら面白いものが出来る?ってなる。
どこも糞現場で疲弊している。


それでもまだ、
どこかで面白いものがつくれるんじゃないか、
って亡霊のようにさまよっているのが現在地点。
多分、みんなそう。
面白いものをつくりたいってここに来た人はね。

年を取って夢中になるものが減ったのかもしれない。
昔面白かったものに執着して、
新しい面白いものが理解できないのかもしれない。
そうでもないように見えるんだよな。
だって昔ほど映画もドラマも流行っていないもの。

昔はもっと枠がたくさんあって、
爆発的なものが生まれる余地があったけど、
今は爆死を防ぐために前会議でめっちゃチェックされる。
でもそれが機能していないのは、
数々の糞を見れば明らかだ。
そのチェックはいらないのではないかと、
そろそろ気づいた方がいいんじゃないか。
もっと前段階の、
「それっておもしろいの?」が重要なんじゃないかしら?



まあ、それでも泥の中にしか、
蓮の花は咲かないよ。
才能と努力の結晶にしか、
面白いものは生まれない。
今日も明日もそれを信じてやるだけだ。

プロの現場は、思ったより糞が多い。
それに驚かずに、上を見続けるだけだね。
posted by おおおかとしひこ at 09:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 今は爆死を防ぐために前会議でめっちゃチェックされる。
雑誌・日経エンタテインメント がテーブルに乗っているような かな
---
ヤバい やつ しか出てこない ティファニーで朝食を
女: 15 16 17 と私の人生の つらかった、闇バイトもしてる。
男:不倫で生活

今 製作できる?
映画化権 と 脚本 の節
https://ameblo.jp/justaminutekamisama/entry-12779136456.html


Posted by MMX at 2026年08月28日 16:05
>MMXさん

>https://ameblo.jp/justaminutekamisama/entry-12779136456.html

興味深く読ませていただきました。
こういう人がいないと何にも進まないし、
こういう人を止めるのが仕事と思ってる人がたくさんいるんですよね。
むしろプロデューサーの仕事は止めることや事前に危険の芽を摘むこと、
くらいに思ってる人が増えたイメージです。
少なくとも僕の周囲では1人もいないし、
マインドはあるけど、「あの人たちを説得する自信がない」と、
止める人たちの顔色を伺う人ばかりなのが現状です。

「俺がなんとかするから待ってて」と言える人になりたいものです。
Posted by おおおかとしひこ at 2026年08月28日 18:07
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