2026年09月01日

状況は前振り

「このあと絶対これを利用して面白くなるんだろ?」
という確信がない限り、
ただの状況説明はつまらないものだ。


チェーホフの、
「壁に掛けた斧は、あとで必ず使われる」
という格言を思い出そう。

「ここに斧があります」だけだと、
ただの説明だ。
でもそれが「きっとあとで使われるのだ」
と思うから、
我々はその説明を聞けるわけだ。
「あとで誰かの脳天を勝ち割るのだろうか」
「あとでドアをぶち破るときに使うのだろうか」
「あとで木を切り倒す時に使うのだろうか」
などなど、
あとで使うと想像するから、
状況説明は楽しいわけだ。

「ここは高い所です」
という説明ならば、
必ず誰かがそこから落ちるに決まっている。
だからドキドキするんだよね。

状況説明は、
だから期待できればできるほど、
長くても文句はない。
つまり、
「これはオチのための前振りです」
ってなっているから、
オチのために、
みんな前振りを理解しようとするわけだ。

オチで爆発するのを期待しているから、
状況の前振りを頭に入れるのだ。
「なるほどね! そういうことか!」と、
オチで納得したいからで、
それを見るのが物語を見る目的だと言ってもいいからね。

だから、
状況説明というのは、
その前振りなのだ。

それを使うという期待とともに、
状況説明をするといいだろう。


「今なんだか分らないから状況説明をする」
という後ろ向きな状況説明は、
大体面白くない。
「今なんだか分らないから、
状況が分ってくるとともに、
これはあとあとこうなるんだろうという期待をさせる」
がうまい状況説明というものだ。

たとえば、
「AとBは腹違いの兄弟である」
となったとき、兄弟の愛憎がのちに描かれなかったら、
「その説明いらなくない?」って思うのよ。
「なんのためにその説明、設定をわざわざ覚えたの?」
ってなるわけ。

覚えるのは負荷だ。
学校の勉強で一番つらいのは、
「なんのためにその知識がいるの?
何に使うの?」が分からない時だ。
何に使うのか、それが分かってくると面白くなってくる。
その関係にならなければならない。


全ては前振りに。
その回収こみで前振る。
posted by おおおかとしひこ at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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