零合戸ロマ botさん:
> ああ、あれかな。図書館の司書さんが、どこにどの本があるのかぼぼ全部知ってる的な。
悪くないたとえだけど、
これだと棚単独になっちゃうな。
もっと繋がりで認識してるイメージ。
仮にスーパーでたとえると、
「どこにどの食材があるか」は、
なんとなく覚えている。
で、「カレーを作ろう」と思った時は、
野菜、肉、ルーのコーナーにいくじゃない?
どんなスーパーでもこの順で入口から並んでるから、
そういう「カレーの動線」がイメージできるはず。
じゃ「焼きそばを作ろう」と思ったら、
カレーの時にはいかなかった、
キャベツやもやしのところにいくよね。
カレーは牛肉だったけど焼きそばは豚肉のところへ行くだろう。
紅生姜や麺やソースのところにもいく。
こういう「焼きそばの動線」がある。
料理ひとつが言葉一つに、
材料一つ一つが、文字の一つ一つに対応するかな。
図書館の本のたとえだと、
ことば=本になっちゃうかもね。
いや、「16世紀の魔女狩りに関する本たち」とか、
「ダイエットの炭水化物オフの根拠になる本」とか、
ネットワークで資料として探す時は、
料理と同じ構造になるかもしれないが、
ちょっとプロっぽすぎるからなあ。
もしそこまでをたとえの範囲にするとしたら、
秀逸なたとえだと思うけど、
さすがにそのテーマで探したことないので時間ください、
の方が多そうなので、
「自動的に最短動線が勝手に出てくる」だと、
スーパーの方が身近かしらね。
「言」でいうと、
これはカナの「い」の売り場のレイヤーにあるのだが、
「言う」「言わない」「発言」「そんなこと言ってない」
などのレシピでも、
ほとんど無意識に手が動くまでやるんよね。
もちろん、「発言」を打った事がなくても、
「言わない」あたりを思い出して、
そうそう、「言」はこうだわ、となるわけ。
「発」も「一発」とかを思い出して、
「発言」の動線を都度合成することもある。
なので、
料理人が行き慣れたスーパーとか、
料理人の調味料や道具の位置の決まってる台所とか、
絵描きのパレットの色の位置、
みたいなのが近いかもね。
それとも図書館で僕は一冊しか借りないからかな?w
ほとんどの言葉を、言葉単位で、
無意識で出せるようにする。
それがキー配列だ。
文字単位で出してたら遅いよね。
その、言葉単位の動線、
言葉と言葉をつなぐ動線を、
無駄なく、無理なく、最適化しようぜ、
というのが新配列だ。
僕のワンショット漢直は、
その流れの中にいる漢直だ。
T-codeやTUT-codeは、
常用漢字をすべて(すべてではないが)収録しようとするあまり、
動線の最適化まで想像が及んでいない、
というのが批判されるべき点かな。
君のつけたタグ順にはならんでるけど、
そのタグ覚えなアカンやんという感じ。
そしてそのタグは、
「よく出る食材順にはならんでるが、
あらゆるレシピの買い物用に、
動線がなめらかになるように配置されていない」
のが批判点と思われる。
(ある程度左右交互には配慮されてるっぽいけど、
足りないのでは?という見立て)
なので、これまでの漢直の、
・全部覚えろはさすがに現実的ではない
・動線が最適化されてるわけではない
を、
ワンショット漢直は、新配列的に改良していっている、
という流れの中にいると考えている。
図書館の本だと蔵書が多すぎて、
森が深くなりすぎて歩き回る動線まで考えられなさそう。
スーパーの食材と料理の感覚の方が、
僕は近いな。
だから150漢字(品目)に限定して、
歩き回りやすいスーパーにしたのだと思う。
思い出す手がかりがあるといい、
という先日のアイデアは、
深い森を歩き回るために必要なセットかもしれない。
今のところ、それなしで行ける狭いスーパーにしているね。
イケヤ行ったことないけど、
ワンショット漢直はイケヤとかドンキホーテほどじゃないと思われる。
2026年08月09日
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