月見草エキス→ロゴス配列を試した感想。
キーボードかな配列を試して気づいたこと
https://kgnwsknt-chef.hatenablog.com/entry/2026/08/08/095352
・ローマ字入力では音を、かな入力では字面を思い浮かべている(?)
ローマ字配列だと脳内発声があるけど、
カナ配列だと脳内発声がなくて便利だぞ?
というのは僕が言い出しっぺのような気がする。
(もしそれ以前に証言があったら無知ですいません)
なので人類共通のことではないにせよ、
「文字のほうを浮かべる」という現象は、
音声言語から離れかかっている証拠だろう。
これはかなり興味深い証言だ。
・かな入力ではシフトキーが必要になる
ローマ字の平面設計に対して、
カナ配列は立体的な設計になる、
という見立てはおもしろい。
まあ、なかなか正解も出ないし、
それが正解であることを証明もできないよね。
さらにおもしろいのは、以下のツイート。
> キーボードの配列の議論は個人のタイピングの癖や入力する文書に依存するはず
> 配列を考案する人の多くは自分の感覚を大事にするだろうから、結果いろんな配列が生まれる
> 一方でこういう問いもたてられる
> 「多くの人が感覚的に受け入れやすい配列はどのようなものか?」
こういう時に気をつけなければいけないのは、
「それが一つある」という思い込みだ。
僕の好きなやつは、
「人類の金玉は平均1個」という話で、
平均に合わせたパンツをつくったら、
どっちにも使いにくくなるというオチだ。
もちろん爆笑問題田中みたいな片玉の例があるので、
平均値は1よりさがりそうだ。
そうすると四捨五入すると0になるので、
0に合わせたパンツがひとつだけ使われることになる。
こういうあほなことを起こさないためには、
「それがひとつである」という先入観を崩すところからかな。
いくつかのクラスタに分かれる可能性があり、
多くはこれまでの経験で決まってる可能性がある。
また、大きく分けると関西と関東で言語感覚は違うしね。
これらの、気づいてない偏りに気づくのが、
なかなか難しいのよね。
脳内発声がある人が、ない人がいることすら、
想像できないようにね。
(逆も然り)
僕が思うのは、
そもそも書いた文がクラスタ分けされるのでは?
ってことかな。
メール文、チャット、論文、日記文、解説文、
小説、脚本などで、
語彙や文の使われ方は異なるだろう、ということだ。
人による偏りがどれだけあるかも重要だ。
同じ人が使う時でも文面はわけるだろうし、
恋愛小説とホラー小説ではだいぶ違いそうだ。
(交互に書く人もいるだろう)
つまり平均だけじゃなくて分散が広そう、
またガウス分布ではない可能性もあるな、
ということ。
おそらく、
感覚で受け入れやすいのは、
配列そのものではなくて、
設計思想なんじゃないかと思っている。
その点大西配列はスッキリしていて、
ほとんどの人は受け入れやすい形をしていると思う。
(それがベストエフォートかは置いておく)
あー、そういう理屈なら使いやすそう、
こういうことだから俺の使ってる配列は使いやすいんだ、
という受け入れられ方が、
一番素直じゃないかしら。
カナ配列でこれに匹敵するスッキリさは、
かなり難しそうだ。
「わたし」「きみ」「じぶん」「ぼく」とかが、
アルペジオで打てる配列とか、
そういう言葉との関連ではないかと想像するけど。
2026年08月11日
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