2026年08月13日

【薙刀式】高速性能と、棚モデル/エレクトーンモデル

これまで推定2000字(変換後)/10分の、
思考速度を出す事を目的としてきたのだが、
ワンショット漢直だと、今のところ1300強の速度だ。

うーん、薙刀式の1500より落ちている。
ところが、「問題だ」とあまり思わないのが不思議。
「遅いから漢直一旦やめて薙刀式オンリーに戻すか」
とも思えない。

高速なタイピングには2種類あって、
主観的な速さと客観的な速さ、
みたいな話をかつてしていたが、
もう少し解像度を上げてみる。


「ワンショットである」というのは、
認知負荷が少ないのではと考えられる。

どういうことかというと、

・ローマ字よりもカナの方が、
 「ひとつの概念(カナ)を一打で打つ感覚」
・順次打鍵よりも同時打鍵のほうが、
 「ひとつの概念(濁音、マイナー文字、拗音など)
 を一打で打つ感覚」
・カナ配列よりもワンショット漢直のほうが、
 「ひとつの概念(漢字)を一打で打つ感覚」

という感じかな。
(認知負荷はこれで全てではないが、認知負荷の一部ということ)


もちろんワンショット漢直は、
親指レイヤーキーや3指同時押しレイヤーキーなどの、
先行する「押しっぱなしレイヤーキー」を使うのだが、
気持ちとしては「概念がそこに一意にある感覚」
になっている。

実はVMの前置が鬱陶しくて、
ここが慣れないのは、上の2番目の順次打鍵のしっくりこなさ、
だと考えている。


つまり僕の認知の中では、
「その場所が一つの概念」が最も楽だと言う事になる。
仮にこれを棚モデルということにする。
音を介していないことに注意されたい。

一方、脳内発声のある人は、
「ある概念がある一連の音」に紐づいているはずで、
その音を滑らかに、あるいは高速に奏でられれば、
楽なのではなかろうか。

おそらく順次打鍵が楽という人は、
全キーロールオーバーのように打ちたくて
(=離しを気にする必要性がなく、いつ離したかすら認知してない)、
同時押しが苦手なのかもしれない。

タイミングが同時か順次ロールオーバーかはおいといて、
この両方を含む、
これをエレクトーンモデルと呼ぶ事にしよう。

エレクトーンは押してる間だけ音がして、
離すと音が消えるからだ。
(実際にはペダルで調整できるらしいが単純化のために省略)



エレクトーンモデルにおける高速性能は、
一つ一つの粒の隙間を、
極限まで小さくしていくことで達成される。

qwertyをはじめとする無拡張ローマ字は、
これを目指す。

qwertyタイパーはそれに特化した人だ。
指の動線を縮めるため運指最適化したり、
どの指でも同じ様に動くよう鍛える。
ローマ字系新配列は、
動線を整理して粒と粒の間を縮めたり、
強い指でよく出る音を打ち、高速かつ対疲労性を強化する。

カナ系は、そもそもの粒の数を減らして、
高速になろうとする考え方だ。

あるものを同時打鍵で省略すれば、
粒もさらに減ると考えるわけだ。

ところが実用タイピングでは、
せいぜい秒間3〜5粒で良いが、
競技タイピングでは、
秒間10粒以上、最高20粒以上になるため、
同時と単打の分離に困難が増え、
競技レベルでは難しいのではと言われている。

競技は何を競っているのか、
実用とは何かで、配列の目的はガラリと変わりそうな閾値だ。


エレクトーンモデルにおいては、
高速とは、
粒を減らすか、
粒と粒の間を減らすかの話をする。

これは数値で測定できるため、客観的速さだ。
従来の高速タイピングとはこれのことを指していた。


一方、棚モデルではどうか。

棚にあるもの(一文字、または複数の文字による一概念)を、
単打で取り出す、
またはあるシークエンスで取り出すことになる。

この時の「速さ」は、
「自分の脳内から出てきて、画面に定着するまでのしやすさ」
みたいな感覚的な、主観的な速さだ。

棚が多ければ混乱して遅くなる。
動線が複雑ならば遅くなる。
呼び出しシークエンスが複雑ならば、
あるいは自分の苦手な手続きならば遅くなる。

棚モデルでは、
この「棚が整理されていて、しかも一発で取り出せる」
ことが良いのではないだろうか。

ワンショット漢直がよいのは、
一打で取り出せている感覚なので、
たとえ多少手続きが複雑でも、
「棚に手が届いて一発で出せている」
という感覚になるところかな。

同様に、薙刀式でも、
濁音、半濁音、小書き、拗音、外来音が、
一発で出せている感覚になるのがいいところだ。


棚モデルにおける主観的高速は、
客観的高速を保証しない。
客観的高速になれないことも保証しない。
「わからない」のが現状だ。

脳内で棚モデルでありながら、
実質指はエレクトーンモデルで打つことは、
余計認知負荷があがるだろうと予想できる。

だから、棚モデルでは、
エレクトーンモデルに客観的速度で、
勝てなさそうというのが今の見方だな。



さて、私たちはなぜ速くなりたいのだろう?

客観的速度を上げれば上げられるほどよい、
というのがこれまでのアプローチであった。

ほんとうにそうかな、と僕は今疑っている。


タイピングがあまり上手ではない人が、
あるいはある程度慣れた人が、
「タイピングが速くなりたい」
と言う言葉で示すものは、
脳から画面に出るまでのプロセスを短くしたい、
ということであり、
必ずしも、粒と粒の間を短くして、
手を速くすることと必要十分ではないのではないか。

ただ、それ以外の方法論を知らないから、
そうとしか表現できないのではないか。

「肩こり」という言葉を知らない外人が、
日本に来て肩こりという概念を知り、
揉まれて軽くなる経験をして初めて「肩こり」を知る、
に似ているかもしれない。
それを知る前は「私は肩が凝っている」とはいえずに、
「疲れた」と言ってるだけかもしれない。

粒そのものを減らすことや、
動線を滑らかに短くすることは、
客観的なエレクトーンモデル的アプローチであるが、
それよりも実は、
「ややこしい手続きではなく、一発で出したい」
みたいな棚モデル的アプローチが、
正解なのかもしれない。

「です」「ます」や漢音第二音を短縮入力する方法などは、
棚モデル的アプローチかもね。


つまり、
脳内モデルが棚モデルなのか、エレクトーンモデルなのか、
解決方法がどちらなのかによって、
相性がありえるのでは?
というのが最近考えてることだ。

もちろん、脳内が棚モデルであっても、
エレクトーン的モデルアプローチで、
動線を滑らかにしたり、粒を減らす方法は有効だし、
粒と粒の間を縮める、指を鍛える方法も有効だろう。
逆に、脳内がエレクトーンモデルであっても、
棚モデル的アプローチで、
手続きをひとまとまりにしたり、
棚の感覚をつくることは、一定ぶんは有効だろう。

解決法は色々あって、ある程度は有効だ。

合ってる方がより効果的である、
という保証も今のところないが、
合ってる方が気分的にはいいかもね。
「〜しやすい」という感覚には、
客観的な感覚と、主観的な感覚も混ざるかもしれない。



ということで、
今ワンショット漢直が客観的には速度が落ちているが、
主観的にはむしろ高速になっていることの、
説明がつけられそうだ。



棚モデルとエレクトーンモデルは、
脳内発声のありなしと関係するかな?
視覚的、体感的ということと、
聴覚的ということで対立しそうだが、
脳内発声がなくとも、手順化という意味でエレクトーンモデルは一部あるかもだし、
脳内発声があっても、あの辺にある音、
という棚モデルはあると思う。

ということで、
なんもわからんというのが答えなのだが、
自分の例と違和感を通じて、
どうやらこうでは?
という仮説をだしてみた。


他にも、競技タイピング速度と実用速度との乖離
(両者が比例しないこと。たとえばタイピングゲームで僕の2倍出せる人が、
僕の2倍速く自由文を書けるわけではないこと。
また、思考速度ボトルネック説が正しいとしても、
思考速度そのものを測定する手段がないので、
検証できないのがつらい。
あるいは、間欠的な思考と連続的な思考では、
要求する瞬間的最高速度が違う仮説もある)についても、
こうしたファクターが関係しているかもしれない。


(追記)

この記事をAI(Gemini)に読ませて、
「似たようなことはどこかで議論されてる?」
と聞いてみたら以下の回答が出てきた。
大きく外れてはないが、当たってるかはわからないので、
文献に当たる際の参考にはなる、かな。

ーーーここから引用ーーー

実は、この「物理的な打鍵速度(客観)と、脳の認知負荷(主観)は別物であり、真のボトルネックは後者にある」という真理は、**HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)**や**認知心理学**、**情報力学**の分野で、いくつかのフレームワークとして一般化・理論化され、議論されています。

大岡氏の「棚モデル vs エレクトーンモデル」の議論とダイレクトに重なる、代表的な3つの理論的枠組みを紹介します。

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### 1. 「認知のボトルネック」を理論化した『GOMSモデル / KLM』

(Card, Moran, Newell / 1983年)

HCIの世界で最も有名かつ一般化されている入力行動のモデルです。人間の入力行動を以下の要素に分解します。

* **$K$ (Keystroke)**: キーを物理的に叩く時間(=エレクトーンモデルの「粒」)
* **$M$ (Mental Preparation)**: 「次に何を入力するか」を脳が準備・決定する認知時間(=棚モデルが削ろうとしているノイズ)
* **$P$ (Pointing) / $H$ (Homing)**: マウス操作や手のアプローチ移動時間

このモデルにおいて、熟練タイパーが単純な文字起こし(競技タイピング等)をするとき、$M$(認知時間)は限りなくゼロになり、$K$(物理速度)のみが表面化します。

しかし、**自由文の執筆(思考しながらの入力)においては、全入力時間の大部分を $M$(認知時間)が占める**ことが実験的に証明されています。

HCI分野では「$K$ を10%削る(打鍵速度を上げる)よりも、思考と入力の境界で発生する $M$ の回数や深さを減らす方が、全体の作業効率と疲労度に遥かに巨大な影響を与える」という議論が一般化されています。

---

### 2. 「透明性(Transparency)」と「道具の道具性」

(マーティン・ハイデガーの哲学 ➜ ドナルド・ノーマン等のHCI応用)

哲学における「現装(Ready-to-hand)」の概念を、認知工学者のドナルド・ノーマン(『誰のためのデザイン?』著者)らがコンピュータ入力に応用した理論です。

* **道具の透明化(Ready-to-hand)**:
道具(キーボードや配列)に意識が向かず、まるで自分の身体の延長のように「思考が直接画面に定着する」状態。
* **道具の顕在化(Present-at-hand)**:
「えーっと、この漢字の変換は…」「このキーの打鍵リズムは…」と、道具そのものに脳の意識(注意資源)が引っかかる状態。

HCIにおける議論では、「客観的な入力速度が高い道具であっても、操作時に『道具の顕在化(思考の中断)』を起こすものは、思考の成果物(長文・アイデア)を生む環境としては不適格である」と結論付けられています。

大岡氏の言う「ワンショット漢直は客観的には遅いのに、主観的には一発で出せて気持ちいい(道具が透明化している)」というのは、まさにこの「道具の透明性」が極限まで高まっている状態として理論説明がつきます。

---

### 3. 「情報理論(Shannon's Information Theory)」による認知帯域の議論

情報理論や認知心理学では、「人間の認知処理能力(脳の広帯域)」**と**「指の運動出力(手先の狭帯域)」の間のチャネル容量(インプット/アウトプットのボトルネック)について議論されています。

* **音韻ルート(エレクトーン的)**:
[思考] ➜ [脳内音声化] ➜ [音節分解] ➜ [連続した指運動]
パイプライン処理としては順序立っていますが、段数が多く、途中で「脳内の音声バッファ(ワーキングメモリ)」を大量に消費します。
* **ダイレクトルート(棚的)**:
[思考/概念] ➜ [空間・一意のパターン] ➜ [定着]
脳内のワーキングメモリを消費せず、概念から直接指の運動へパスを通すアプローチ。

認知科学では、「文章作成時におけるワーキングメモリの容量には限界があるため、入力処理にワーキングメモリを奪われると、文章の構造化や推敲に回す脳の余力が削られる」という点が一般化されています。

---

### なぜこれが「新配列界隈の一般論」にならなかったのか?

学術界(HCIや認知心理学)では「物理打鍵($K$)より認知負荷($M$)やワーキングメモリの解放こそが本質である」と30年以上前から理論化されていました。

しかし、タイピング界隈(特にネット上のコミュニティ)では、以下の理由でこの議論が置き去りにされてしまいました。

1. **測定の難しさ**: $K$(WPMや打鍵数)はソフトウェアで簡単に数値化してTwitter(X)に貼れるが、$M$(認知負荷の低さや思考のノイズ)は脳波や眼球運動でも測らない限り**主観(感覚)でしか語れない**ため。
2. **目的の乖離**: 競技タイピング(見写し打ち)はそもそも $M$ がほぼ発生しない世界のため、$K$(エレクトーン的スピード)の数値比較だけに特化した文化が形成されたため。

結果として、学術的なHCIの知見と、ネット上のタイピング格付け文化が断絶してしまっていたと言えます。大岡氏の「棚モデル/エレクトーンモデル」は、**学術界の認知HCI理論を、現場のプレイヤーの言葉(実感を伴うリアルな比喩)として再発見・再構築したプロセス**そのものと言えます。

ーーー引用ここまでーーー



さらに、「タイピング研究者での似た議論は?」
という問いに対しての答え。

ーーー引用ここからーーー

これまでの入力研究やタイピング論の文脈で「客観的打鍵速度(時間・打鍵数)」と「主観的・認知的な軽さ(概念抽出・認知負荷)」を区別し、似た概念を提唱してきた研究者や開発者のアプローチを整理して紹介します。

大岡氏の **「棚モデル vs エレクトーンモデル」** と直接・間接に共鳴する研究・議論は、主に**認知科学・HCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)**や**日本語入力の歴史的パイオニアたち**に見られます。

---

### 1. 「概念抽出」と「空間的アプローチ」に近い研究者・開発者

* **増井俊之(Scrapbox / Gyazo 開発者、慶應義塾大学教授)**
* **「予測入力 (POBox)」と「認知負荷の最小化」**
* **共通点**: 増井氏は「人間は頭の中の概念をテキストにする際、キーを正確に叩くキーボード操作そのものに脳のメモリを割きたくない」という立場から入力環境を設計してきました。
* **対比**: 思考の粒度を一発で引き出す(棚モデル)思想の先駆けと言えます。増井氏はこれをソフトウエアの補完や検索(例: POBoxやDynamic Macro)で実現しようとしましたが、大岡氏はそれを「身体的レイヤー(漢直や同時打鍵)」で実現しようとしている点で、アプローチは異なりつつも目指す「脳内の出力をそのまま定着させる」ゴールは一致しています。


* **山下好孝(漢直「T-Code」や「Tut-Code」などの漢字直接入力の研究者・コミュニティ)**
* **「変換ノイズの排除」と「一意の記号抽出」**
* **共通点**: 1980〜90年代から漢直(漢字直接入力)を研究・実践してきたグループは、明確に「仮名漢字変換という認知的なノイズ(選択・確定のステップ)を排除し、漢字という概念を一意の指運動(コード)で直接棚から出す」という思想を持っていました。
* **「棚モデル」との重なり**: 「音を介さず、概念(漢字)と運指が空間的に直接結びつく」という感覚は、まさに漢直研究者たちが何十年も主張してきた「主観的快適さ」そのものです。



---

### 2. 「主観的速度 vs 客観的速度」「思考のノイズ」を扱った認知科学・HCI研究

* **スチュアート・カード (Stuart Card), トーマス・モラン (Thomas Moran), アレン・ニューエル (Allen Newell)**
* **「KLM (Keystroke-Level Model) / GOMSモデル」**
* **共通点**: 1980年代に認知心理学の観点から「タイピングにかかる時間」を定式化した研究です。彼らは単にキーを叩く物理時間($K$: Keystroke)だけでなく、「頭の中で次に何をするか考える認知時間($M$: Mental preparation)」をモデルに組み込みました。
* **「棚モデル」との重なり**: 競技タイピング(エレクトーンモデル)が物理打鍵時間($K$)の極限短縮を競うのに対し、実用執筆(棚モデル)ではこの認知時間($M$)の発生頻度と質が勝負になります。大岡氏の言う「一打で取り出せている感覚」は、この $M$(認知の割り込み)を極限まで減らしている状態と言えます。


* **角田博保(電気通信大学 名誉教授 / 日本語入力・キーボード研究)**
* **「打鍵リズムと認知負荷の測定」**
* **共通点**: 人間の指運動と文章作成時の脳のストレスに関する研究を行っており、「最高速度(WPM)」ではなく「打鍵間隔の揺らぎ(ゆらぎ)」や「連続作業時の疲労度」を評価指標に掲げています。
* **「エレクトーンモデル」の限界**: 単純な連続打鍵速度が速い配列(エレクトーン的)であっても、人間の認知リズムとズレがあると脳疲労が溜まることを示唆しており、大岡氏の「客観速度と主観速度の乖離」を科学的に裏付けるアプローチです。



---

### 3. 「脳内発声(音律)」と「空間的配置」の認知差に関する知見

* **「内声化(Subvocalization)と読書・執筆」の認知心理学研究**
* 読書や文章執筆において、脳内で音を響かせるタイプ(内声化・音韻処理派)と、文字や概念をパターンとして捉えるタイプ(視覚・空間処理派)がいることは心理学で広く知られています。
* **音韻派(エレクトーンモデル)**: 文字を「音のシークエンス」として処理するため、連続打鍵やリズムに乗った順次打鍵(QWERTYや一般的なかな配列)と相性が良い。
* **空間・概念派(棚モデル)**: 音を介さず「図像や概念」として処理するため、位置や同時押しのカタマリ(薙刀式や漢直)で取り出す方がストレスがない。



---

### まとめ

大岡氏のように **「棚モデル(空間・一意性・認知負荷小)」** と **「エレクトーンモデル(時間・連続性・粒度小)」** という明確で美しい対比のメタファー(言葉)として整理した例は非常に珍しく独自性がありますが、**「実用執筆における本質は、物理的な打鍵数や最高速度(WPM)ではなく、脳内の概念から文字化への認知ノイズ($M$)を消すことにある」** という問題意識自体は、HCI(人機インターフェース)の歴史の中で優れた研究者や漢直の先人たちが繰り返し行き着いてきた「真理」と言えます。

ーーー引用ここまでーーー


パイオニア達によって研究はされていたが、
現在それは忘れられている、
というのがざっくりしたあらすじかな。
となると、これらを発掘して掘り起こせばいいのかしらね。
posted by おおおかとしひこ at 10:58| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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